25.世界の(ことわり)



 見覚えのある光に鳥肌が立つ。
 この光と、俺は遭遇したことがある――二度。
 異世界に呼ばれたときと、この世界に帰ってきたときの、二度だ。
「なんだよ、これ……! なんで――!?」
 突然のことに、混乱して言葉が出ない。なのに、エドワードが驚いたような顔をしたのは一瞬だけで、今は光に飲み込まれそうなのにも関わらず、彼女の表情は穏やかなものだった。それで、気付く。
「……これが初めてじゃないんだな? いつからだ?」
「光を見たのは初めてだ。けれど、少し前から頻繁に故郷の夢を見るようになった。夢にしては酷くはっきりしていて、そしていつも決まってライの声で目が覚めるんだ。……戻ってくるなと」
 淡々とそう説明されて、ぞっとした。もしかしたら、俺が知らない間に、エドワードは消えてしまっていたかもしれないのだ。想像するだけで怖かった。だけど、このままじゃ想像だけでは済まなくなる。
「なんで、言ってくれなかった……!」
「済まない。言えなかったんだ」
 エドワードが哀しそうに微笑む。
 光が強さを増して、俺は慌てて彼女の腕を掴んだ。その感覚を、体温を、決して逃がさないように強く、強く握りしめる。
「ずっと引っかかってはいたんだ。リディアーヌは“世界の理が元に戻る”と言った。なのに何故私は、本来いるべきではないこちらの世界にいられる?」
「あ……」
 こちらの世界へ戻ってきたときのことを思い出す。
 俺を異世界へと喚んだのはリディアーヌという女性だった。今はもういない彼女は、確かに消滅の瞬間、世界はあるべき姿に戻ると言っていた。でもエドワードの言う通り、それではエドワードがこちらにいるのはおかしい。俺も聞いていた筈なのに言われるまで気がつかなかった。エドワードは初めから気がついていたんだ。そしてまた、一人で抱えていたんだ。俺はまた――それに気付けなかったんだ。
「いつか君に別れの悲しみを与えることになるのなら、それは少しでも早い方がいいと思った。だが頭では分かっているのに、君の手を振り払えなかったのは私の弱さだ。あの時も、今も」
 俺の手を見つめながら、自嘲のこもった声でエドワードが呟く。その最後に、扉の開く音が重なった。
「咲良!? なに、この光!」
 姉ちゃんが叫びながら駆けこんでくる。その後ろには母さんの姿も見えた。でもそちらに構っている余裕はない。すぐにエドワードの方へ向き直る。こんなに近くにいるのに、光の勢いが強すぎてもう顔もよく見えない。
「これでいいんだ。私が傍にいることで君の未来を奪うなら、きっと私自身も幸せにはなれない。だから……」
「よくない! 俺はあんたがいないなら、未来なんて要らない!」
 全てを受け入れた声に、掴んでいる手に力を込めた。例えエドワードが受け入れても、俺には無理だ。
 世界の理なんて知らない。でも、それがあるから一緒にいられないというのなら――
 どんな犠牲を払っても、どんな罪を犯してでもいい。

 俺がそれを壊してやる。

 光の中で、それを裂く赤い光が弾けた。
「咲良、髪が――」
 誰かが何かを言ったけれど、もう届かない。
 世界を歪める程の力を持った魂が、俺の中にはある。だったら俺にも出来る筈だ。

 戦う為とか、守る為とか、そんなに大きな力じゃなくていい。


 だからせめて……一緒にいられるだけの力を。