19.繋いだ手と呪い



 なんとなく出かける空気ではない気がして、俺は日を変えようかとエドワードに提案した。だが彼女が行くと言うので、それから二人で家を出た。
 歩きながら俺は話題を探ったけど何も浮かばなかった。エドワードはずっと黙ったままで、空気が重たい。そんな彼女の様子は、やっぱり元気がないように見えた。
「あ、あの。大丈夫?」
 ついにそんな空気に耐えられなくなって、俺は足を止めてエドワードに声をかけた。
 突然俺にそんなことを言われたからか、エドワードが不思議そうに俺を見る。落ち込んでるように見えたのが気のせいなら良かったんだけど、こうして正面から向き合ってみれば、彼女の目は潤んでいた。
「あ、あああああの! その!」
 それを見て、頭がパンクした。
 女の子に泣かれると無条件に弱いのだ。それが、好きな相手じゃ尚のことで。
 しかも俺、なんか彼女を泣かせてばかりな気がする。
 真っ白になる頭で俺はハンカチを探ったが持っているわけがなく、それで咄嗟に手を伸ばして、せめて目に溜まった涙が流れないよう拭った。
「あ……」
 もしかして、泣いていることに気付いていなかったのだろうか。
 驚いたようにエドワードが目を見開き、触れた方とは逆の目から涙がこぼれる。
「おかしいな。今まで泣いたことなどなかったのに……」
 目を伏せて、エドワードがそんなことを呟く。
 泣いているのを見るのは辛いけど、でもそんな言葉を聞くと、泣けるようになって良かったのかもって思う。
 きっと今までずっと、辛くても悲しくても、強がってずっと我慢してきたに違いない。そうやって泣くことを忘れてしまったなら、もう我慢しないで欲しい。
 エドワードにはいつも笑ってて欲しいけど、無理して笑ってるんじゃ意味がないから。
「無理するくらいなら、悲しいときは泣いた方がいいと思う」
 だからそう伝えると、エドワードは俺の手に触れ、小さく首を振った。
「……悲しいわけではない」
 それを聞いて少しほっとした。
 母さんが言ったように、エドワードにとって心の休まる場所が出来たのだったら良いのだけど。
 ……それが、俺の傍であってくれれば、もっと良いんだけど。
「でも、悲しいときもちゃんと言ってよ。俺、頼りないかもしれないけど、エドワードが無理しなくても笑ってられるように頑張るから」
 そんな想いを飲み込みながら精いっぱいの言葉を告げると、エドワードがぎゅっと、触れてた手を握る。
「余計泣かせるな」
 そう言ってエドワードがふっと笑う。
 その笑顔にもう陰りはなくて、良かったと心から思う反面、その様があまりに男前なのでなんだか悔しくもあった。
 エドワードがそうやって、いちいち無駄にかっこいいから、余計に俺が越えたいハードルの高さが上がるんじゃないか。
 俺もあんな感じに、手を握って「俺の前では強がるな」とかなんとか決められればいいのに。俺がやっても寒いだけなのが分かりきってるからやんないけど。
 と腐っていたわけだが、再び歩き出してみれば、またそれどころじゃなくなった。
 エドワードは、まだ俺の手を握ったまま放さない。つまり、俺達は手を繋いで歩いている。
 そんな事実に気付いて、また頭が真っ白になった。思考回路がショート寸前どころか、俺はなんかもうショートしっぱなしでそろそろ危うい。
 いやだって。なんというか。
 もしかしたら、客観的に見たらこれ、恋人同士に見えるんじゃ――
「咲良?」
 俺がとつぜん黙り込んでしまったせいだろう。エドワードが俺をのぞきこんで呼びかける。俺が赤くなっているであろう顔を必死にそむけて掠れた声で返事をすると、繋いでいた手が唐突にぎゅっと握られた。
「……ッ!」
 絶対わざとだ。わかっているのに頭にのぼった血が沸騰する。殺す気か。
 などと思いつつも、ちょっと遠回りしようかな、と俺が邪念を抱いた瞬間だった。

「咲ちゃん?」

 ――呪いの威力は絶大だ。
 聞き覚えのある声と呼び名に、まさかと思いつつも振り返る。
 俺をそんな風に呼ぶのは一人しかいない。でも――その人は県外への進学が決まって、もうここにはいない筈なのに。
「律華……先輩」
「あ、やっぱり咲ちゃん。美男美女カップルだって思ってみてたら、どうも美女の方に見覚えあると思って」
 そこにいたのは、やっぱり律華先輩だった。しかし、カップルに見えるのはいいが、男女が逆だった。
 ……でもそりゃそうか。エドワードはジーンズにスニーカーだし、長い髪も暑さ対策でまとめて帽子に押し込んでいる。そんな姿で俺と手を繋いで歩いていれば、男女逆転するのは至極当然のことだった。
「そっちのイケメンさんは、友達?」
 案の定、エドワードを男と思いこんでいる先輩が、そんな風に声を上げる。
 とりあえず誤解を解こうと俺は口を開いたが、声を上げる前にエドワードが俺の前に進み出ていた。
 そして、被っていた帽子を取って、彼女が先に口を開く。
「初めまして。エレオノーラ(・・・・・・)といいます」
 ふわりと、帽子から零れた黒髪が舞った。