外伝5 黄昏に祈る 3


「ディラルドは、どうして遺跡を封印するのですか?」
 旅先、いつものように古代秘宝の遺跡を封じるディラルドを見て、カレンはそう問いかけた。
「おれが古代秘宝を見つけなければ、悲劇は起こらなかった。罪滅ぼしにもならないが、じっとしていられないんだ。精霊魔法の使えないおれが、封印魔法は使うことができる。これも因縁かと思ってね……」
 自嘲のこもった声に、カレンは眉を潜める。

「でも、それはあなたの罪じゃない……」

 カレンの呟きは、ディラルドの背には届かずに落ちて、風に溶けた。

 カレンの同道は、それからも続いた。
 あれから幾つも町を訪れたが、彼女を知るものはいなかったし、彼女の記憶が呼び覚まされることもなかった。
 だが、いつしかディラルドもエライズも、カレンが旅についてくることが当たり前になっており、彼女に対する不信も疑念も、とっくに親子からは拭い去られていた。そのまま月日は過ぎ、既に老体となっていたエライズはそのうち遺跡への同道をやめ、宿で待つことが多くなった。カレンはあるときはディラルドと共に遺跡へ行って彼を助け、あるときは残ってエライズの世話をした。女性に優しい旅ではなかったが彼女が弱音や不満を吐くことはなく、いつも笑顔で親子を助けた。そんな彼女の前に、疑念など長く持つはずもなかった。
 いつしか、彼女は親子にとって――とくにディラルドにとって、なくてはならない存在になっていた。
「ディラルドよ。旅はもう終わりにせんか」
 エライズの年老いた声に、ディラルドは驚いたように顔を上げた。
 ある遺跡の傍の町の宿で、カレンが食糧を求めに市場へと出向いている間だった。
「お前はまだひよっこだった。お前があれを見つけたのはただの偶然だ。お前でなくとも、いつか誰かが見つけていた。罪滅ぼしは、もう良いじゃろう。私も年老いた。この辺で骨をうずめようと思う」
「父さん……、なら、どこかに拠点をおきましょう。家を持って、父さんはカレンとそこで待っていて下さい」
「私の話ではない。それでは意味がないのだ。お前がカレンと所帯を持って、どこかに落ち着いたらどうだと言っている」
「しかし……」
 息子はまだ、秘宝を見つけたことを悔いていた。動いていないと、その自責の念に潰されるだろう。それを知っていたから、エライズも黙って息子と旅を続けていた。しかし、カレンならばその傷も癒せるのではないかと思えた。息子が妻を娶って幸せに暮らす。できるなら、それこそ父の望むことで、何よりの夢だった。
「カレン、彼女にとってもこの旅を続けるのは酷だろう。拾ってもらった恩からか、何も不平は言わんが、良い子じゃないか。私は、息子であるお前にも、彼女にも幸せになって欲しいと思う。父の最後の願いと思ってくれ」
 そう言ったきり黙った父に、ディラルドはそれ以上の言葉を失くした。
 確かに、ディラルドにとってカレンは、必要不可欠な存在になっていた。何も言わず傍に置いているが、確かな絆などないし、想いを確かな形として口に乗せたこともない。だが、もういなくなるなど考えられないし、万一彼女の記憶が戻っても、故郷が見つかっても、手放すつもりなどもうなかった。
 旅を続けるにしろやめるにしろ、冷静になってみればそれは酷く独りよがりで、ディラルドはその日の夜にカレンを呼んで、父の話を彼女に告げた。すると彼女は頬を染めたが、すぐに哀しげな表情へと一転して視線を落とした。
「お父様が、そんなことを言って下さったのですね」
「旅をやめるかどうかは、まだ決断できない。でも、君の思いを無視したままでは、卑怯だと思った」
 その瞳が哀しげなことが不安だったが、だからといってうやむやにできることでもない。不安を押し殺したまま、ディラルドはカレンの手を握り締めた。
「これからも、ずっとおれと一緒にいてくれないか」
 合わない視線の先で、ますますカレンが悲痛な表情になる。最悪の答も覚悟したが、彼女の口から漏れたのは少なくとも拒否ではなかった。
「……私も、あなたがずっと罪を背負い続けるのはよくないと思います。それに、あなたの傍にいたいと思います」
 少なくとも拒否ではなかった。
 だが、積極的な答ではなかった。でも、と零れそうな唇を塞いでしまいたい衝動を押さえ、ディラルドは黙って答えを待った。やがて彼女が紡いだのは、結局否定でも肯定でもなく。
「でもずっと一緒にいることは、多分できない。それでもあなたは、私を傍に置いて下さいますか?」
「どういうことだ? ……カレン、もしかして記憶が戻ったのか?」
 問いかける声が少し震えた。
 いつか――彼女の記憶が戻り、自分の元から消えてしまうのではないか。それは、ずっと心の片隅から消えることはない恐怖だった。カレンの哀しそうな瞳に、それでも忘れかけていたそんな小さな恐怖が、一息の間にディラルドの心を蝕んで行く。だがカレンは小さく首を振った。
「いいえ……、でも、そんな気がするんです」
 消え入りそうな声に、恐怖が拭い去られることはなかったが。
 だが、恐怖に飲み込まれることもなかった。
 例え、どんな未来が待っていても、ディラルドの心は決まっていた。
「――それでもいい。それでも、君が傍にいてくれるのなら、おれは」
 君を離さない。
 囁きと共に抱きしめる。腕の中で、カレンは抗いはしなかったが静かに泣いた。
 
 十月十日後、二人の間に男児が産まれる。ディラルドは、その子にエスティ・フィストと名を付けた。