全てを理解すると同時に、彼は呆然とした。
あれからもう2年が過ぎたという。
いったん記憶が戻ってみれば、それは昨日のことのように鮮明に思い出せるというのに。
「……ミラ」
知らず呟いたアルフェスの言葉に、リアは敏感に反応した。
「? それがあんたの名か? 女の名前みたいだけど」
一瞬アルフェスはきょとんとした。リアの様子に、その名を声に出したことにそのとき初めて気付き、焦る。
「ま、まさか。……僕の名は、アルフェス。アルフェス・レーシェルだ」
「ふーん……? ……うーん、どこかで聞いたような名だな」
彼――アルフェスが名乗ると、リアは首を捻った。
彼女がその名に聞き覚えがあるのも道理で、彼の名は大陸を越えても有名だ。だがアルフェス自身にその自覚がない為、彼はそんな彼女の様子を不思議そうに見守るしかない。
また、リアの疑問もすぐに別のことに移ったらしい。「まあいいや」、改めてアルフェスに向き直るとにやり、と笑う。
「で、アルフェス。じゃあさっきのは誰? あんたの恋人?」
悪戯っぽく笑うその様子や、好奇心いっぱいの瞳に、なんとなく知り合いの少女を思い出しながら――だが、アルフェスは慌ててさっきの倍くらい強く否定した。
「ち、違うッ」
「じゃあ何なんだよ?」
彼の焦りは必要以上に見えて逆に怪しく、十中八九そうだと言わんばかりに、面白そうにリアが問い返す。アルフェスは少し困った顔をしながら、腰の剣に触れた。
彼女が自分の何なのか、と問われれば、形容する確かな言葉などないようにも思える。だが、ただひとつ、確かなのは――
「……生涯、この剣を捧げ、護ると誓った人だ」
カチャリ、と剣が鳴る。
「……あんた、騎士か?」
肯いたアルフェスに、リアはがたんっ、と椅子を蹴った。
「――思い出した。あんた、ランドエバーのアルフェスだな!?」
ようやく彼女の脳裏で繋がった記憶に、だが彼女の表情は驚きといった類のものではなく神妙で、確かに場の空気が変わった。
だがその理由の見当などつかず、ただアルフェスは再び肯く。それに対して、彼女は今度はストン、と腰を降ろすと何事か深く考え込むそぶりを見せた。
そのまま黙してしまった彼女にはなんとなく話しかけ辛く、アルフェスもまた思考をめぐらし、独白する。
「……ランドエバーに帰らないと……」
「申し訳ないけれど、それは無理だと思います」
アルフェスの言葉を拾ったのは、リアでもなければ、もちろんずっと大人しく座っていたセララでもなかった。
人の気配に視線をそちらに向けると、セララと同じ髪の色の少女がリビングの入り口に立っていた。
「セレシア」
リアが声を上げる。
彼女が、リアの言っていたセララの姉であろうことは容易に想像がついた。だが、白いワンピースを纏った彼女のその瞳には、幾重にも包帯が巻かれている。
それでも真っ直ぐこちらに歩み寄ってくる様は、異様さを禁じ得なくて、とっさにアルフェスは言葉が出なかった。
そんな彼の内情を見透かしたかのように、セレシアはにこりと笑う。
「……お目覚めですか?」
アルフェスが何か答えるより早く、リアが叫んだ。
「セレシア、そいつ……」
「ええ、わかっています」
包帯の少女――セレシアが微笑み、リアが短く息を吐く。
「とにかく、あたしは行くから。気をつけなよ」
「ええ、大丈夫です」
またも微笑んで肯くセレシア。リアは立ち去りかけたがふとアルフェスの方を見上げた。何がなんだかわかっていない様子の彼の瞳もまた、不思議そうにこちらを見ている。
「――セレシア、そいつに事情説明しといてやったほうがいいよ。それから、できれば――」
「ええ」
語尾を濁らせたリアに、やはりセレシアはただ頷き、今度こそリアは小走りに立ち去っていった。
アルフェスもセレシアも、セララさえも、しばらくそれを黙って見送っていたのだが――玄関の扉が閉まる音がすると、セレシアはアルフェスの方を振り仰いだ。
「――あの」
包帯の下からの視線を感じてアルフェスがそんな声を漏らすが、問いたいことがありすぎて咄嗟に言葉を継げないままで。
対して彼女の唇は笑みを結んだままに――
「とりあえず、お茶にしましょうか。いい葉が手に入ったの」
穏やかに彼女はそう言った。