外伝2 蒼天に契る 12


 再び戻ってきたハールミット一家が運営する酒場――レジスタンスのアジトは、最初訪れた時よりも、幾分かガランとしていた。
 レジスタンスのメンバーは早速出払っているようだ。
 憔悴した妻を休ませると、ガルスは真っ先に深く頭を下げた。
「――妻を助けて頂いたこと、感謝する。こんな利用するような形になって申し訳なかった」
「ごめん、アル。ありがとう」
「アル様、ありがとぉ〜」
 3人に揃って頭を下げられ、困惑してアルフェスは頭を振った。
「……そんな。役に立てたなら、俺はそれで」
「アル様、やさしぃ〜〜」
 感激した顔でアルフェスに飛びつこうとするフィセアを、いつもより慌ててリアが阻止する。
「フィア!」
 厳しい顔のリアにフィセアもはっとして罰の悪そうな顔をした。だが、やや不満も入り混じった表情だが。
「――それにしても、同時に思わぬ来客だ」
 ガルスの言葉に、皆の視線が一様にミルディンの方を向く。それを受けてミルディンは丁寧に一礼し、
「ミルディン・ウィル・セシリス=ランドエバーです」
 改めて名乗る。
 到着して間もない為、未だボロボロのドレス姿だったが、それでも会釈姿は様になっており、思わずリアもフィセアも見惚れた。
「……やっぱ本物の女王様なんだ」
「ああ。かないっこないからもうやめときな。あんたがかわいそうになる」
 ひそひそと話しかけてきたフィセアに、夕べの仕返しとばかりにリアがサラリと言い、フィセアはギロリと姉を睨んだがガルスに厳しい目を向けられて口を噤んだ。
「女王陛下。騎士殿。すぐにでもランドエバーまでお送りしたいが、昨日の今日だ、警備も強まるだろう。狭苦しい宿で不自由するでしょうが、今しばらくここでお待ち頂けはしないだろうか」
「けれど、わたくしがここに居てはきっと、あなたたちに迷惑がかかります。今頃ブレイズベルク公主は血眼になってわたくしを探しているでしょう」
 あの、ぞっとするようなアトラスの形相を思い出して、ミルディンが述べるが、ガルスは首を横に振った。
「いえ。貴女方をランドエバーにお送りすることがレジスタンスである私達のするべきこと。アトラスは貴女を探すと同時に、貴女が城に戻る前にきっとランドエバーにも仕掛けていくでしょう。……それだけは阻止せねばならない」
「ああ、これ以上ブレイズベルクの思い通りにはさせないよ」
 力強く言ったリアに、ミルディンはしばし考え込む素振りを見せたが、ややあって顔を上げた。
「……では、お言葉に甘えてご厄介になります。ですが、危険とあれば、あなた達の身を優先してください」
「ありがたいお言葉、光栄に存じます。しかし、危険はレジスタンスを組織したときから覚悟の上。それは私も妻も、娘達も同じです」
 いかつい顔を和ませて、ガルスが笑顔を見せる。
「しかし、ここにいる間、騎士殿と同じく貴女も身分は伏せられるべきです。大変失礼かとは存じますが……」
「ええ、わかっています。わたくしがここにいる間、一切の気遣いは無用。敬語も敬称も必要ありません」
 言葉を濁した彼の言葉を、ミルディンが朗らかに継ぐ。
「わたくし……いえ、わたしのことはミラとお呼び下さい」
「かたじけない」
 再び頭を下げるガルスの横で、このなんともさばさばした女王をリアはまじまじと見つめた。
「だけど、普通の町娘にはとても見えないよ。すごく綺麗だ」
 思わずそう漏らし、その長いフェアゴールドの髪に見惚れていると
「ありがとう。ええと……リア?」
「あ……はい」
 思わず恐縮するリアに、だがミルディンは思案顔になった。
 これではどう見ても不自然だ。
「ええと……あ、そうだ。リア、それ貸して?」
 リアの腰に下げているサバイバルナイフを指すと、彼女は怪訝な顔をした。だが頷いて差し出すと、何故か楽しげに、ミルディンはそれを受け取る。
 片手で髪を束ねだした彼女の真意を悟って、あ、とリアが手を伸ばした頃には――
 ――彼女は煌くフェアゴールドの髪をばっさりと切り落としてしまっていた。
「あ、あと何か動き易い服を貸していただけるかしら」
 にこりと屈託なく笑うミルディンに、ガルスもリアもフィセアも、アルフェスさえも。しばし、唖然として彼女を見つめたのだった。