外伝2 蒼天に契る 10


 当たり前だが、アルフェスは盗賊の類を生業にしたことなどない。
 極力兵との接触は避けてきたが、いくら警備が手薄だと言っても、それには限度があった。
 それに、向かう場所が牢である以上どの道接触と戦闘は避けられなかったろう――だが幸いにも、全て一瞬でカタをつけることができたため、まだどうにか大事には至っていない。だがそれも時間の問題だ。牢までの道のりをただ、急ぐ。
 ようやく地下へ続く階段に行き当たり、その前にいた見張りを一撃で昏倒させて階段をかけおりると、冷えた空気と寝惚け顔の看守に出迎えられる。そのまま夢の世界へ戻してやって鍵束を奪い、アルフェスは人気のない地下牢の中を歩き出した。
牢は全て独房で、最近まで使われていた形跡はあるがいずれも空だ。その理由を考えるとぞっとせず、とにかく人を探して独房を回る。そのとき奥の方で、格子がかしゃりと鳴った。
顔を向けると、格子を掴む白い手と、こちらを覗きこむ青い目が見える。
すぐに走ると、すぐに長いブロンドも確認できた。大分憔悴しているが、フィセアと良く似た面差しの女性。
「ハールミット夫人……ですね?」
 問うまでもなかったが、その答えが確信になったのは、彼女が答えたからではなかった。
「母さん!!!」
 飛び込んできたレディッシュブラウンの髪の少女に、女は瞳を見開いた。
「リア……!」
 かすれた声で少女の名を呼ぶ。
「母さん、他の仲間は……? 他に囚われてる人は、いないの……?」
 女の声がかすれているのは憔悴している為だろうが、問うリアの声がかすれていたのは別の理由だろう――、女は、彼女の母は、悲しそうな顔で、ゆっくりと頭を左右に振る。
 さすがに取り乱しはしなかったが、リアが唇を噛むのが見えた。
 だがショックを受けている場合でないことは、彼女もよくわかっているのだろう。すぐに顔を上げて、鍵に手をかける。
 アルフェスが鍵束を差し出したが、リアはかすかに口の端をあげるといいよ、と首を振った。
「そんだけあったら、どれがここの鍵かわからないし。この方が早い」
 言うなり髪をまさぐるとピンを取り出して鍵開けを試みる。
「……母さんが掴まってるって、気付いてたんだね、アル」
 先刻、彼女に向けて発した問いを聞いていたのだろう。手を休めないままふとリアが声を上げる。
「ガルス殿やフィセアの態度から、なんとなくはね。隠す必要はなかったのに」
 リアの声には謝罪の念が見えて、彼女が萎縮せぬよう成るべく穏やかにアルフェス。
 一瞬だけ彼女は、意外そうな目をこちらに向けたが、すぐにふっと笑って作業に戻る。
「やっぱりあんた、お人よしだね。だけど、自分の保身もちょっとは考えなよ」
 カチャリ、と軽い音を立てて、錠が外れる。そんな些細な音に隠れるようにして、
「……ありがとう」
 小さな声でリアが述べた謝辞に、アルフェスは僅かに瞳を緩ませた。
 だが、和んでいる状況ではない。
「母さん、急いで逃げるよ。……歩ける?」
 差し出したリアの手をしっかりと掴んで、彼女は頷いたが、独房を出る足取りはよろけている。今にも倒れそうな彼女に走ることはとても要求できそうになかった。
「俺が背負っていきます」
 見かねて前に進み出て、身を屈める。リアの母は少しだけ躊躇したが、リアが頷くのとアルフェスが早く、と目で促すのを見て言われるままにその背に身を預ける。
 長居は無用とすぐに独房を抜けて階段を駆け上ると、その前にリアが進み出て先導した。
「来た出口は使えない。上の階から城壁を越えるよ」
「侵入がバレたと言うことか?」
「……いや、それが何かおかしいんだ」
 リアの後について走りながら会話を交わしていると、リアが首だけでこちらを振り向き、怪訝な顔を見せた。
「出入り口は全て封鎖されてるみたいだし、兵も騒がしいけれど、どうもあたしたちには関係ないみたいだよ。主に向こうの棟に騒ぎも集中してるみたいだし。この混乱に乗じて逃げられそうだ」
 それだけ言うと口を噤み、リアとアルフェスは一気に階段を駆け上った。