12.いつも正しく優しいもの

  ――これが“ランドエバーの守護神(キングダムズ・ガーディアン)”の成れの果て、か。

 牢獄の中、アルフェスは胸中で呟いた。
 こんな状況なのに笑みさえこぼれるのは何故だろう。これが笑うしかないと言う状況なのか。
 エルフィーナの立場を考えて咄嗟に取った行動だったが、考えがなさすぎたか――
 アルフェスは自嘲していた。勿論、全く何も考えていなかったわけではない。だが根拠のなさすぎる確信だった。それでも確信に足る何かがあった。そして間もなくそれが実現する。
 気配を感じて、アルフェスは脇腹の傷を押さえながら立ち上がった。
「やはり、来たか」
「そろそろ幕をあげないとさ、退屈しちゃうだろ?」
 鉄格子の向こうで、漆黒の霧が人の形を模る。
 愉しそうな声と共に現れたのは、漆黒の髪と目をした青年――レガシス・G・ウォーハイドだった。
「お前は何者だ。何が目的だ」
 短い、だが核心をついた問いに、レガシスがくくっと笑い声をあげる。
「口のきき方にきをつけなって。ボクはランドエバーの王子だよ」
「二百年前のか」
 間髪入れずにアルフェスが鋭く言う。
 レガシスは一瞬きょとんとした目をしたが、すぐに甲高い声でそれを笑い飛ばした。
「あはははは!! 知ってるんじゃない! けどそれがどうしたっていうのさ? ボクが本当の王子だってことには変わりないじゃないか。あのお姫様より、ずっとね」
 鉄格子の向こうでふっと彼の姿が掻き消え、次の瞬間目の前にレガシスは姿を現した。
 投獄された際に剣は奪われたが、とっさに身構える。だがレガシスはそれを気にかける素振りもなく、さらに歩み寄ってきた。
「偽りなのはボクよりもむしろこの国、この世界さ。そうだろ? 守護神」
「……何を企んでいる」
 アルフェスの間合いの手前でレガシスが歩みを止める。
「企んでいる? ボクはね、この国をいい国にしたいと思っているだけ。そしてミラを苦しみから解放してあげたいだけだよ」
 燭台の炎が揺らめき、じっ、と音をたてる。その炎が、ゆっくりと手をかざすレガシスの姿を映し出した。
「そして、守護神。キミもね」
 言葉と同時にまたも彼の姿がかききえる。――否、疾ったのだ。加速なく、最初から最高のスピードで。
 気がついたときには彼の手の中には銀の短剣があり、それが真っ直ぐに自分の首筋に伸びている。間一髪でそれを避けるも、微かな痛みと共に首に一筋の紅い線が走った。
「どうして避けたの? これが望みだろう?」
「望みだと?」
「そうだよ」
 手の中で短剣を遊ばせながらレガシスが頷く。
「キミはミラに苦しみと哀しみしか与えない。そのことに、もう疲れてるだろ? アルフェス・レーシェル。キミは守護神なんかじゃない」
 再びレガシスが短剣を構える。だが彼が踏み切る前にアルフェスは動いていた。軍服の内側に縫い付けてあるナイフを抜き、レガシスの喉元に突きつける。
「人を操って動かして、それが貴様の言う良い国か?」
「じゃあキミの言う良い国は何?」
 ナイフを突きつけられながらも顔色ひとつ変えず、レガシスが肩をすくめる。
「国の繁栄の為、国を護る為に平気で人を殺す国? 誰かを護る為に誰かを傷つけることが優しさと、キミは言うの?」
 邪気のない黒い瞳に、アイスグリーンの瞳にはためらいが浮かぶ。
「確たる答も持たないキミに、ボクは倒せないよ」
 にこ、と笑うとレガシスは剣を持っていない方の手を動かした。それが胴体に触れるやいなや、物凄い衝撃にまるで紙屑か何かのようにアルフェスの体が吹き飛び、したたかに石の壁に背を打ちつける。みし、と骨の砕ける感触に顔を歪めるが、レガシスの攻勢はそれにとどまらなかった。吹き飛ばされた彼に追随し、右手をかざすと、レゼクトラ卿に奪われた筈のアルフェスの長剣がそこに生まれる。
 彼は何の迷いもなく、それをアルフェスの右肩に打ち込んだ。
「ッ!!!」
 あまりの激痛に声にならない呻きが漏れる。
「ボクはさ、何もキミを殺したいわけじゃないんだよ?」
 剣に力を込めながら、レガシスは尚も笑った。
「キミは優秀な騎士さ。だからボクとしても手駒に欲しいわけだよ。これから始まるボクの舞台に是非上がってもらいたいと思ってる」
「……舞台……だと……?」
「そう、ボクが創るこの国と、この世界。苦しみも哀しみもなにもない幸せな夢の舞台だよ」
 微笑む彼の姿が霞む。痛みと出血で遠のいていく意識の中で、彼の声だけが響いていた。

 ――役者が揃うまでに……答えを出しておいてよ、……守護神。

 最後に見た漆黒の瞳、その中に引きずり込まれるように、視界に闇が広がる。