11.エインシェンティア

 エレフォに案内され、エスティ達はランドエバー城の会議室へと通された。
 奥の席にミルディン、その傍らにアルフェスが控え、既にシレアが着席している。
「エス、遅ぉい」
「お加減はいかがですか?」
 シレアが心底待ちくたびれた声を出し、ミルディンが温和な笑みで安否を気遣う。
「おかげさまで、よく眠れました」
 エスティは彼女らの方へ近づくと、とりあえずシレアの頭をぐりぐりしながら王女へ礼を述べた。続いてリューンが入室すると、自らも中に入ってエレフォは静かに扉を閉めた。
「とりあえず、おかけください」
 椅子をすすめられて、暴れるシレアから手を離すと、エスティは手近な椅子に腰を下ろした。同様に、リューンも着席する。続いて、アルフェスとエレフォが向かいの席に座った。
「まずは、このたびの加勢に、お礼を言わせてください。本当にありがとうございます」
 立ったまま、王女が深々と頭を垂れる。合わせて、騎士隊の2人も頭を下げた。これにはシレアも恐縮し、エスティも困ったようにリューンを仰ぐ。
「……勿体無いお言葉、光栄に存じます」
 エスティがこういうかしこまった空気が苦手であるのを知っているので、代わりにリューンが答える。そんな彼らの様子が可笑しかったのだろうか、王女と騎士達の表情が和らいだ。
 だが、それも一時のことで、ミルディンが着席すると皆一様に表情を固くする。  緊張した空気が流れた。
「さて、本題に入りましょうか。皆さんは、古代秘宝を求めてこの国にいらしたのですね?」
「ああ、そうだ」
 エスティが短く答えるのを聞き、ミルディンは話を続けた。
「では、先日は話が途中になりましたが……あのときのアルフェスの問いに、答えてください。秘宝を得て、貴方達はどうするおつもりなのですか?」
 今一度、昨日セルティの襲撃に遮られたアルフェスの問いを王女は口にした。
「……エス」
 リューンが意味ありげな視線を向ける。エスティは目を伏せると、いつになく神妙な面持ちで一言だけ、答えた。
「……消す」
 その答えは、彼らにとっては十分なものではなかったようで、王女達の表情に疑問符が浮かぶ。だが、問いかけられる前に、エスティは補足をはじめた。
「そもそも、古代秘宝とは失われし古代の魔術、『創造呪(クリエイトスペル)』によるものだ。もう、諸国の学者達も気付いているだろう。それが、秘宝などではないこと。現代人、オレたちには扱えない失われた力そのものであること。れに気付いた者はもう『古代秘宝(エインシェント・トレジャー)』などとは言わない。彼らは、それを恐れを込めて『エインシェンティア』と呼ぶ」
 一気にそこまでしゃべると、エスティは長い息を吐いた。言葉を挟むものはない。
 簡素な木でできた椅子を軋ませながら、彼は続けた。補足はまだ充分とはいえない。
「エインシェンティアが表舞台に出てからは有名な仮説だが、古代文明もまた、エインシェンティアによって滅びた。だが、古代人も気付いていた。この魔術が、恐るべき力と可能性を持つ危険なものであること、そして、不完全であったことに。そして、ひとつのスペルが生まれた。クリエイト・スペルと対を成す存在、即ち――『消去呪(デリート・スペル)』。エインシェンティアを無に返す、古代の秘術」
 再び、エスティが言葉を切る。それによって静寂が場に訪れたが、やはり言葉を挟むものは無かった。
 それに痺れを切らしたのはエレフォで、ややあって彼女が厳しい声を上げる。
「――だがそれは、失われた魔術ではないのか?」
 問いかけに、エスティは深紅の瞳を開いた。
 そして、また一言だけ、答えた。
「オレは、使える」
「エス!?」
 彼の言葉に、一番驚いた顔をしたのは、シレアだった。エスティは、今までそれを、リューンとシレア以外の者に口外したことがなかったからだ。不安げにこちらを見るシレアを目で制すと、彼は王女へと視線を移した。
「もちろん、口外は無用だ」
 その深紅の目は鋭く細まり、危険な威圧を放っている。しかし、ミルディンは怯むことも目を逸らすこともしなかった。ただ、穏やかに笑う。
「私達は、あなた方を信じました。あなた方も、私達を信じてください」
 笑顔とその言葉で、あっさりとエスティの威圧を受け流す。
(たいしたお姫様だ)
 内心拍手を送りながらエスティは再び語り出した。
「オレは……オレたちは、エインシェンティアを無へ返すため、旅をしている。だから、王女。貴女が≪エインシェンティア≫の力を恐ろしいものとわかっているならば、場所を教えてほしい。頼む」
 エスティが、頭を下げる。それは、非常に珍しいことであるのだが――
 再び沈黙が訪れ、静寂が六人を包んだ。
 騎士達は黙って主君の動向を見守り、リューンは目を伏せ、シレアは王女とエスティを交互にみやりながら、はらはらと成り行きを待った。
「……わかりました」
 王女の凛とした声が、静寂を打ち破る。
「わたしが、貴方達を、古代秘宝……エインシェンティアの元へご案内しましょう」
「姫!?」
 今まで黙ってこの成り行きを見守っていたアルフェスが血相を変え、エレフォの表情にも困惑に似たようなものが走った。
 が、それはエスティも同じである。
「おいおい、勘違いしないでくれ。お姫様を連れてはいけない。オレは、場所を教えてくれと――」
「――その場所が」
 エスティの言葉を、ミルディンが遮る。
「ランドエバー王家の者しか立ち入れない、聖域としても……ですか?」
 王女のセルリアンブルーの瞳には、強い意志と、有無を言わさぬ威圧と、そして好奇心にも似た悪戯っぽい少年のような表情が浮かんだ。