ストレンジツインズ 兄妹と逆襲の双子 9


「……こんなことなら、最初から妹さんを狙えばよかったよね」
 暗い遺跡の中で、気を失って横たわるティラを見下ろしながらユリスが呟く。光を出すことはできるが、灯りを求めるためだけに命を削るのも馬鹿らしい。例えどんなに些細な魔法だとしても、禁呪を用いない限り、呼びかけに精霊が答えたことはない。
「銀紫の魔女の方が確実だった。この子の方は、あんまり力を持ってるようには見えないわ」
「でも、ボクの魔法を跳ね返した」
「今は、ユリスが見た力を信じるしかないわね。忌々しいけど、あいつ……、あの銀髪の男、厄介よ。何者なの」
 事実忌々しそうにマリスが吐き捨てる。その気持ちはユリスにもわかるし、マリスはすぐ癇癪を起こす節はあるが、それでもいつまでも済んだことに固執して苛立つのは珍しいことだ。一応こうして、それなりに成果はあった。大陸連盟の手に渡ってしまっていたら、さすがに手出しはできなかったところだ。
 腕の立つ用心棒はいたようだが、二人でいれば滅多に引けを取ることはない。――だからこそ余計に、二度も同じ相手に退いたことが、マリスには悔しいのだろうが。
「いいじゃない、マリス。この子で試してみようよ。もう時間もそうないし。……何が間違いかって言えば、手分けしたことだ。ボクが遺跡、マリスが依(よりしろ)。いくら急いでたっていっても、離れるべきじゃなかった」
 ティラに視線を当てたまま、ユリスがしゃがみこんで呟く。それを聞いたとき、マリスの表情からも苛立ちと憤怒は消えた。その隣にしゃがんで寄り添い、ユリスの手を取る。
「……その通りだわ。これからはずっと一緒よ。誰にも邪魔させない……」
「マリス……」
 久しぶりに見るマリスの笑顔に、ユリスも微笑む。
 ――そう。最初から全てはそのために――

■ □ ■ □ ■

 ――禁呪。
 自らの魂、すなわち生命力を捧げて精霊と契約を交わし、具現を成すもの。
 つまるところ、糧を捧げない限り、精霊が応じない、分不相応な魔法の行使を指す。
 印と呪文(スペル)の模倣のみにて行えるものに非ず。
 本当に必要なのは、生命力を捧げることそのものより、それすらを惜しまない強い意思――

「サーラさん」

 呼びかけに、サーラは手にした書から顔を上げた。声を聞いた時点で分かっていたことだが、そこに現れた人物に顔をしかめる。
「休んでいろと言った筈だが?」
「何もしていないと余計に悪化しそうなんだ。可愛い女の子が添い寝してくれるならともかく、男と同室じゃ余計息が詰まる」
「……君は、よく真顔でそんなふざけたことが言えるな……」
 呆れを通り越してある種感心の域にさしかかりながら、サーラはため息と共に書を閉じ、古びた棚に戻した。
 この大陸はまだ発展途上で、大きな国もないし、施設も乏しい。だがその代わりに、手つかずの遺跡、価値のある古文書は、他の大陸に類を見ない。
「調べ物?」
 それを踏まえてそんな風に問うと、サーラは曖昧な表情をした。
「ああ。……いや、というより確認だがな。あとは少し考えを整理したかった。思ったより情報も手に入ったし」
「で、収穫は?」
 そうは言うものの、肝心の収穫について彼女はなかなか語りださない。リゼルが不思議そうに首を傾げたところでようやくサーラが口にしたのは、だが別のことについてだった。
「あの男は何者なんだ?」
「フリート? ……ヴァニスのお姫様の護衛だよ」
「ということは、貴族か何かか?」
「ああ、でも養子で、元は流れの剣闘士らしいよ?」
「――そうか」
 サーラの表情に真意は見えないが、リゼルはふっと息を吐くと、軽く目を伏せた。
「サーラさん、こないだ俺に何か言いかけたでしょ」
 一瞬サーラは考え込むように宙を見たが、すぐに思い当って、ああ、と呟いた。
「……何でもない。忘れてくれ」
「じゃ、話変える。サーラさんは、王侯貴族、ついでに陸連も、嫌い?」
 首を傾げたまま、リゼルが碧眼を開く。別段探るでもなく、世間話でもしているように尋ねてくる彼に、サーラは眉をひそめた。それについて言及するなら、話を変えられたといってもサーラには意味を成さない。それで、リゼルは話を変える気などなかったのだと気付き、サーラはため息混じりに答えた。
「……嫌いだな。リゼル、お前は教育を受けてるだろう。貴族か?」
「その答えの後に答えるのは、ヤだな」
 リゼルは首を傾げるのをやめると、小さく苦笑した。その視線が何故と言外に含んでいるのに気付き、サーラは彼から目を逸らした。だが、やがてぽつりと言葉を零し始める。
「――魔法の適正行使と管理は、戦を繰り返さぬために必要。その大義名分はなるほど尤もだ。だがその大義名分のもとに切り捨てられる者がいる」
 サーラが歩き始めて、リゼルも無言でそれを追った。小さな店を出て、彼女がどこに向かうつもりなのかはわからない。サーラ自身も考えていないのかもしれない。ただ、外に出たかっただけかもしれない――、今日は陽がよく出ていて、風も温かい。
「世界平和から見れば、国の中で生きる民など小さなものだ。しかし、私にとっては小さな世界が全てだった。でもその小さい世界は、引き裂かれてしまった。……私の父は、禁呪使いだった」
 町はずれまできて、サーラは立ち止った。やはり、どこに向かうつもりもなかったのだろう。これ以上進めば町を出てしまう。それに気付いて立ち止ったに過ぎない。どこに行けばいいのかわからないように、また動きかけた爪先は、だが歩みを刻む前に止まった。
「だけど、父さんは私利私欲で術を使っていたわけじゃない。力は傷つけるだけじゃなく、救うこともできる。そうだろう? だが国々という単位から見れば、父は危険因子だった。母は城仕えで、国を裏切ることはできなかった。……私は父と二人、まだ連盟の力が弱いこの大陸まで逃げた。力を持つのが父だけならば、父さんは従ったのかもしれない。多分、同じように力を持つ私の為に、父さんは……」
 ぽつりぽつりと零れるサーラの声には、いつもの凛とした強さがない。振りむかないサーラのすぐ後ろにリゼルも立ち止まったまま、だがそこでようやくリゼルも問いかけを落とす。
「……それで、サーラさんのお父さんは?」
「この大陸に来てすぐ、合成獣(キメラ)の異常発生を知った。よせばいいのに、父さんは力を使って人を守ったから、すぐに連盟にかぎつけられた。結局、父さんは連盟に連れて行かれたよ。その前に、私を逃がして」
「――それでサーラさんも、お父さんと同じようにキメラから人を守っているんだね」
「違う。私は人なんか守りたいわけじゃない。でも、父さんは違った! それをやつらが理解するまで、私は戦おうと思ったんだ。それだけだ」
 声に力がこもり、その勢いと共にサーラが振りむく。憤る紫の瞳は、だが怒りにつりあがる反面、泣きだしそうに潤んでいた。
「……サーラさんは、自分たち家族を引き裂いた陸連を恨んでるんだね。それで陸連を作った王侯貴族も嫌いなんだ」
 サーラは答えなかったが、今までの話とそれを語るサーラの様子が、それを肯定していた。だから、リゼルの言葉も問いかけではなかった。
「それなのに、俺とティラを助けてくれるの?」
 一般市民の教育もだいぶ進んではいるが、魔法学のように高等な学問まで兄妹揃って受けるような身分は限られている。前にサーラが教科書のような答だと言ったあのとき、彼女もそれに思い当ったのだろう。それで、貴族ではないのかと問おうとした。もしそうなら、力を貸すのをやめようと思ったに違いないとリゼルは考えていたのだが、ほとぼりが冷めてもサーラがその話に触れることはなかった。
 そして、その話題を再び出すことのないまま、ティラを助けてくれるのに協力してくれようとしている。
 率直な問いかけに、サーラは困惑したように睨むのをやめ、地面に視線を落とした。さっき以上になかなか言葉は出なかったが、リゼルはそれを促すことなく、待った。
「……お前なら、助けてくれただろう。私と父さんを。そう思ったからだ」
 ずっと強がって、意地を張ってきた。個を無視し、国が平和を望むのは、全て自分たちの安全の為なのだと、連盟を悪としてそれに抗ってきた。だが、正義を陳腐だと罵った時点で、自分が正義でないことにもまた気付いていた。もう、強がるのも誤魔化すのも無意味なのだと、気付いている。
「……自分の為にしか動かないのは、私の方だ……」
 自嘲を込めて独白すると、ふいに温もりが体を包んだ。その正体に気付いて、離せと叫ぼうとしたが、できなかった。それは、阻止されたわけじゃなく。優しく髪を撫でられるその感触と、温もりは、懐かしいものをサーラに思い出させたから。
「サーラさんは、優しいよ」
 耳元で囁かれる声に、いつものふざけた色はない。相変わらず陳腐なくらいストレートで、だけどそれが心地良い。こんなときに限って、どこまでも温かくしかない。どんなに馬鹿をやっていてもティラがリゼルを慕うのは、きっと彼女がいつも見ているのはこういう彼だからなのだろう。



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