抜刀しながら一気に屋根の上に駆けのぼると、リゼルは迷わず女と連盟員達の間に割って入った。そして当然ながら、大陸連盟の制服を纏った男達に向かって刃を向ける。多勢に無勢も好かないが、女を追いまわすのはもっと気分が悪い。知り合いなら尚のことだ。
「君は……」
背後で聞こえた声が、知り合いかもしれないという可能性を確信へと変える。それでなくても、リゼルは一度会った美女は決して忘れない。美女アンテナもばっちり反応しまくっているから間違いない。だが、その声に答える前に、耳触りな男の声がそれを遮る。
「なんだお前は!」
そう問われれば、答はひとつだ。
「正義の味方だ!」
何故かため息は背後から聞こえてきた。だが連盟の男達が警戒して身構えるのを見て、リゼルもまた油断なく刀を構える。
「我々は大陸連盟だ。連盟法に基づき、公務を執行している。邪魔をすれば――」
公務執行妨害になるのは知っている。なので連盟員の口上にもリゼルが怯むことはなかった。逆に怯んだのは彼らの方で、それは丁度、風がリゼルの束ねた銀髪を勢いよく巻き上げたときだった。
「銀髪……!」
「“銀紫の魔女”が二人だと!?」
「おのれ、まやかしか!」
口ぐちにリゼルが理解できないようなことを叫び、そして次の瞬間には彼らは次々に印を切っていた。それが、魔法の発動の第一段階と知るリゼルは、だがそれを許さない。一気に間合いを詰め、刀の峰を胴に打ちこんで、次々に男達を昏倒させて行く。だがすんでのところで、最後の一人が放った炎が逆巻いてリゼルを飲み込み、男はほっと口元を緩ませた。だが、
「油断大敵火がボーボー。って、それじゃ俺が油断したみたいだよね」
意味の解らない独り言と共に、炎が両断される。呆気に取られる間もなく、そこから飛び出してきたリゼルの「とう」という軽い掛け声と共に、最後の男も屋根から転げ落ちた。それを見届けて刀を鞘に仕舞うと、リゼルは満面の笑みでくるりと背後を振り返った。
「どうどう、俺の活躍見てた、惚れちゃったりしちゃったりしてないって、いないー!!」
そして、尻すぼみに悲痛になっていくリゼルの叫びが何もない空間に溶けて、風に浚われて行ったのだった。
■ □ ■
「久しぶり、というほどでもないか。元気だったか、ティエラ?」
「はあ、まあ。兄の所為で胃の調子がイマイチですけど」
「ふふ、変わりないな」
屋根の上で意気消沈するリゼルを余所に、その下でティエラは追われていた女性とそんな会話を交わしていた。冷たく見える整った表情に、だが幾分かは友好的な薄い笑みを浮かべてそんなことを言う銀髪紫眼の美女は、やはり兄とも自分とも面識のある女性だった。
サーラという名の、旅のキメラハンター。知っていると言っても、その程度ではあったが。
以前、異常発生した合成獣(を倒すのに、兄が力を貸した相手だ。
「どうして連盟に追われていたんですか?」
「……君の兄は、相変わらず滅茶苦茶だな。連盟に逆らったって良いことはないだろうに。まあ、うまく勘違いしてくれたようだから君達が追われるようなことはないだろうけど」
誰のせいだと言いかけて、ティラは押し黙った。どんな理由で追われていたにせよ、彼女の言うとおり兄が勝手に助けただけだ。八つ当たりだと気付いて、落ち着く為に深呼吸する。彼女が悪い人物ではないことは解る。だが、前回トラブルに巻き込まれたことと、今回もトラブルの気配を持ってきたことに、ティラは彼女に対してあまり良い感情を持てなかった。
それを察してかそうでないかは不明だが、サーラは僅かに苦笑して話を戻した。
「追われているのは、私がギルドへの登録を拒否しているからだ。別に法を侵したわけじゃない」
「……精霊使い(の魔法ギルドへの所属義務は連盟法(に明記されていますが」
「連盟員のような口ぶりだ。……ああ、そうか。君も精霊使い(だったな」
「別に、連盟の肩を持ちたいわけじゃありません。事実を言っただけです」
取りつくしまもないティラに、サーラはふっと苦笑を深くした。
「そう邪険にしなくとも、君たちを巻き込むつもりはないよ」
「邪険にしてませんし、それがあなたの本意じゃないのも知ってます。でも、兄さんは……」
どちらかといえば、サーラの方がリゼルを邪険にするに違いなかった。それでも、兄は勝手に首を突っ込むだろう。サーラが拒んでも、自分が止めても。それが見えているから、ティラのため息は止まらない。駆けつけてくる足音が、それを尚一層深いものへと変えた。
「サーラさん!! お久しぶりです!!」
猛ダッシュで駆けつけてきたリゼルが両手を広げ、そのまま飛びついてくるのをサーラが無表情でひょいと避ける。派手な音を立てて脇のゴミ箱へ突っ込んでいく兄を見て、ティラがもう一度ため息をつくと、隣でサーラがついたそれと重なった。
「助けてくれた礼は一応言うけど頼んでない。君に付きまとわれるのも君の妹に恨まれるのも、正直ご免だ、リゼル」
こけて倒れたリゼルを腕組みして見下ろしながら、冷めた瞳でサーラが告げる。そのまま踵を返した彼女のマントの裾を、だがリゼルは未練がましくがしりと掴んだ。
「連れないですー。せめて夕飯くらい」
「し・つ・こ・い!」
無視して歩いていこうとするが、頑として手を離さないリゼルはそのままずるずると引きずられて行く。耐えかねて、振り向いたサーラが踏みつけんばかりの勢いで睨み叫ぶ。
こうなるとある意味痴話喧嘩にも見えてきて、どちらに加勢すべきか考えるのも馬鹿らしく。
丁度横にあった屋台で小さな林檎飴を買うと、ティラはそれを頬張ることでため息を堪えながら、他人の振りを決め込むことにしたのだった。