ストレンジツインズ 兄妹と亡国の姫君 10


 かくして、城へと舞い戻ったイリヤとリゼルであったが。
「わ、わたくし町娘に見えまして?」
 城から出たときは、華美でこそないものの、一目で高価とわかる上質そうな服を着ていたイリヤが、今は町で購入した安物のワンピースをまとっている。ヴァシリーが見たら憤慨しそうな、その辺の町娘がしているような格好だ。ちなみに着ていた服は邪魔なので売り払ってしまった。
 だがその辺の町娘がどうであるかなど良く知らない、温室育ちのイリヤにはどうにも不安が付きまとう。
「とりあえず、そのお嬢様言葉としずしず歩くのをやめたら、普通の女の子に見えると思うよ」
「は、はい……う、うん。こんな感じでいいのでしょう……、いい、かな……?」
 たどたどしい口調は危なっかしいが、戸惑った表情は年相応に見える。まあ及第点だろうと、リゼルはOKサインを作って見せた。
 ひとまず安堵したイリヤは、自分のことが落ち着くと今度は違う不安が一気に押し寄せてきた。
 改めて見上げたリゼルも、さっきまでとは違う格好をしている。さっきまでの、女物のピンクのジャケットもどうかと思うのだが、今はさらに眉をひそめるような、ひらひらしたきらびやかな女性の服を着ている。
「ところで、あなたのその格好はなんなんですの? ……いえ、なんなの?」
 口をへの字に引き結び、イリヤは着飾ったリゼルをまじまじと半眼で見つめた。  確かに、とてもよく似合っている。リボンをといて、背中に流れる銀髪は輝いているし、青い双眸は宝石のよう。そこかしこに身に着けているアクセサリーもセンスがよくて、けして過度ではなく、リゼルの美しさを引き立てている。だがだからこそ、リゼル自身がさらに目立っているという結果を導き出している。城に戻るまでにすれ違った人がみな、リゼルを振り返っていた。
 目立ちたくないというのに、この格好は何なのだろうと思う。確かに、イリヤ自身はリゼルの美しさにすっかり隠れてしまってちっとも目立ちはしないのだが。
「まあ任せときなって。お姫様を一人で危険な場所に放り込んだら、ムッツリ君に怒られるでしょ?」
「フリートですわ。変な呼び方をしないでください……しないで」
「男の名前なんて覚える気はない!」
 断言したリゼルに溜息をつく。ティエラはよくこんな変な男と一緒にいられるものだとある意味尊敬の念すら覚えるが、今はそんな場合ではない。それにもう城は目と鼻の先だ。たしなめてもリゼルには聞く気はないようだし、大きな不安を抱えたままイリヤは門まで歩いていくと、その門を護る衛兵に声をかけた。
「あの……わたく、わたし、メイドに雇って欲しくて……きたのですけれども」
「んー?」
 たどたどしいイリヤの言葉に、衛兵が怪訝そうに兜を上げてまじまじとイリヤを見た。不審に思われているとわかっても、イリヤには慌てて俯くしかできない。
「名前は」
 問われ、イリヤが言葉に詰まる。まさか本名を名乗るわけにもいかない。いくら離れで静かに暮らしているとて、その名を知らないものなど城にはいないだろう。困っていると、俯いた頭の上でリゼルの明るい声が響いた。
「ティエラ。そして私は姉のリゼラと申します」
 しゃあしゃあと、よどみなく聞こえてきた全くの偽りに、イリヤは吹き出しそうになった。思わず顔をあげて、それからはっとしてまた顔を背けようとしたが、もう衛兵は自分を見ていない。その他の兵士も同じく、周囲の者の視線は根こそぎリゼルが攫っていた。
「……お前も、メイドに?」
 その美しさに息を呑みながら、衛兵がおずおずと問いかける。リゼルのその姿も態度も、およそメイドとはかけ離れているからだろう、目を奪われながらも衛兵の声には訝しそうな色があった。
「いえ、私は旅の吟遊詩人をしています。どうか私を歌姫として召抱えていただけませんか? 妹はメイドとして働かせてくださいな」
 どうしてそう、次から次へと嘘八百を並べられるものなのか。しかも、それが最初から真実であるように、リゼルの顔も声も嘘を言っているようには見えない。イリヤさえも、本当にリゼルは旅の吟遊詩人だったのかと信じてしまうほど。
「それにしても、似てない兄妹だな」
「よく言われますー」
 だがそんなやりとりがあってイリヤはむっとした。美しい者と見比べられて似ていないといわれるのは、こちらが地味だと言っているようなものである。しかし思い起こしてみれば、自分もティラに同じことを言った手前文句は言えない。
 それはおいておくとしても、事実リゼルとティラは似ていない兄妹だ。そんな似てない兄妹が実在しているというのに、この衛兵は疑っているようである。事実は事実と言い張ればいいだけなのだが、リゼルとイリヤは兄妹ではない。それをどう切り抜けるのか、イリヤはリゼルの次の行動に期待した。だが、それは全くもって予想できないことだった。

 「♪I do not want to get a matter of certain  For……」

 二、三度咳払いをした後、急にリゼルは歌い始めたのだ。
 透き通った綺麗な声で。誰もを惹きつけて止まない声で。少し物悲しい、古い言葉で綴られた歌を。
 驚くより前に、イリヤもその声に惹き付けられてしまう。

「I do not want to get a matter of certain
 For "is" or "is not" I define
 I hope, and hold out my hand to one slender woman
 To thy lip, to thy grren eyes.
 ...〜♪」

 時が止まったかという錯覚を覚える。それは歌が終わったあとも続いて、我に返るのにはたっぷり数分を要した。
 それは周りの衛兵達も同じだったようで、夢見心地の兵を、不敵な笑顔のリゼルが面白そうに眺めている。

 ――本当にこの人は、わけがわからない人ね。

 心の声を聞いたように、リゼルがこちらを見下ろして小さく笑った。だがすぐに衛兵達に向き直り。
「私と妹を雇ってくれる?」
 問われてやっと、放心していた衛兵達も我に返る。
「あ、ああ……、いや。そうだな……、シルヴァス様にお窺いしてみよう。暫くここで待て」
「シルヴァス様?」
「今この国には王がいないのだ。補佐だったシルヴァス様が王の代理をしている」
 なるほど、とリゼルは表向きの表情は変えないまま、胸の中だけで納得した。恐らくそのシルヴァスという者が、イリヤの言う王位を狙っている者なのだろう。視線だけでイリヤに問いかけてみると、解ってくれたらしくイリヤが小さく頷く。
 そうして城の中へと姿を消した衛兵は、数分と経たずに戻ってきた。
「入れ。シルヴァス様がお会いになるそうだ」
 衛兵の言葉に、リゼルがぱっと顔を輝かせる。そのシルヴァスという者が本当にイリヤの命を狙っているのか、人柄や考えを知るには願っても無いチャンスだ。イリヤを襲った黒幕を突き止めれば、ティラを危険に晒すこともなくなる。斜め下でイリヤの緊張を感じながら、リゼルははやる気持ちを抑えていた。 



BACK / TOP / NEXT

Copyright (C) 2010 kou hadori, All rights reserved.