昏い空に、乾いた発泡音が響いた。
一発、二発、三発――五発、六発。
音の後には、必ず断末魔が続いた。
流れる血を踏みつけて、「彼女」は進む。甲高いヒール音を床に刻みつけて。
「相手は一人だ。弾切れを待てば、まだ勝機は――」
「残念☆ あなたの頭って、すごーーーーーーく残念ね?」
神殿騎士達を鼓舞する隊長格の男に、少女は銃の照準を合わせた。そして、無造作に人差し指を引く。音と光と共に打ちだされた弾を、騎士がかざした剣で弾く。そして――端正なその顔が、さっと青ざめる。
「気付いた? 弾なんかないのよ。あたしのチカラを撃ちだしてるんだもの。これは銃じゃなくてね。
神剣エクスカリバー」
にやぁ、と少女が口の端を上げる。
騎士が舌打ちして地を蹴り、少女は銃口をその影に沿わせた。
銃が立て続けに火を吹く。その全てを正確にかわして、騎士は少女へと間合いを詰める。
「あはっ、さすがね。でも、もう一つ残念なことがあるの」
間合いに入り、騎士は弾丸を弾きながら剣を構えた。
次に少女の指が動くより、騎士の剣が少女を切り裂く方が速い。しかし、少女の笑みは消えなかった。
音もなく、騎士の額に、瓢が突き刺さる。瓢に刻まれた呪いが、妖しく光る。
「神子が一人で出歩くわけないじゃない。ばぁーーーーか」
※
パンの焼ける匂いでアリーシアは目を覚ました。部屋の中は薄暗いが、外からは鳥のさえずりも聞こえてくる。
ベッドを降りて裸足のままカーテンをめくる。雨こそ降っていないものの、空はどんよりと曇っていた。少し前までは快晴続きだったというのに、ここしばらく太陽を見ていない。
だが、曇り空くらいで済むなら、まだいい。
ノックの音がして、アリーシアは悲壮な表情を引っ込めた。窓にうつる自分の表情を確かめてから、踵を返して扉を開ける。
「はい」
「朝飯だぜ――って、お前、なんつーカッコしてんだよ」
燃えるような赤い髪の青年は、アリーシアが扉を開けるなり、片手を顔に当てて大げさなため息をついた。
「え? え? そんな酷い顔してます?」
「顔じゃねえよ、カッコだって」
言われて初めて、アリーシアは自分が寝起きであることに思い当たった。寝巻き代わりの肌着一枚で、靴すら履いていない。落ち込んだ顔を見せたくないばかりに、表情しか気にしていなかった。それに気付いたアリーシアの顔が耳まで真っ赤になる。
「あああ、す、すみません!」
慌てて、椅子に掛けてあったローブを頭から被る。ヴァイトが初めてアリーシアと会ったときから身につけている、その旅に不向きな真白なローブは、だが日を重ねても一向に汚れひとつ見当たらない。
「……そのローブ」
「え?」
「あ、いや。全然汚れねぇなと思って」
「ああ……」
改めて、アリーシアがローブに視線を落とす。旅の汚れだけでなく、瀕死の重傷を負ったときでさえ血に汚れることはなかったのを、ヴァイトは目の当たりにしている。
「これは、神子の神衣(なんです」
ヴァイトに視線を戻し、アリーシアが呟く。それ以上彼女は語らなかったが、その説明だけで特殊な服であるということは知れた。恐らくは、何かの魔法か術がかかっているのだろう。
「別に神殿にいるわけじゃなし、神衣を着てなきゃいけないわけじゃないだろう。着替えたらどうだ? その明らかに旅向きじゃない格好、目立つ」
「え……でも私、着替えなんて持ってません」
「んなもん、お前が持ってる金貨で好きなだけ買え――」
ヴァイトの言葉が途中で途絶えたのは、不意に後頭部に走った痛みのためだった。それが誰によるものなのかは、確認せずとも何となくわかる。
「……ルーエン……」
「それがレディに対する態度ですか? あなた馬鹿ですか? 酷いなんてレベルじゃないですよ?」
返ってきたのは予想通りの声だったが、振り向いたときの表情は、ヴァイトが予想したものとは少し違っていた。いつものうすら笑いではなく、目も口も笑っていない。
「……あー。買ってやるよ。飯食ったら町を見てみようぜ」
そのルーエンの表情に空寒いものを感じたヴァイトは、乏しい女性経験からどうにか模範解答を必死に探したのであった。