10.


「……退院オメデトウ」
「あ、ありがと……」
 ぎこちない二人の会話に、ライゼスはこめかみを押さえた。
 翌日の午後。ティルが退院することになって、セラとライゼスとリーゼアの三人で病院を訪れていた。荷物などほとんどないのでゾロゾロ迎えに行く必要はなかったのだが、退院することを教えたらセラもリーゼアも行くというのでこうなった。
 しかし昨日の今日でセラが切り替えられるとは思っていないが、ティルまでこうだと先が思いやられる。ライゼスの無言の圧力を感じて、ティルはセラからリーゼアに目を向けた。
「てゆーかなんでリズちゃんまでいるの?」
「なんだその言い方! 貴様のために半休取って来てやったんだぞ!!」
 剣の束に手をかけて、威嚇するようにリーゼアが叫ぶ。慌ててティルは宥めるような声を上げた。
「ご、ごめん。いやぁ美女二人に迎えに来てもらえて嬉しいな〜」
「白々しいぞ!」
「本気で可愛いと思ってるよ? セラちゃんのことは」
「きっ貴様……」
「冗談だって。退院直後なんだから首絞めないで」
 真っ赤な顔で首を絞めつけてくるリズの腕を掴んで外すと、ふとティルは目を和ませた。
「リズちゃんが来てくれて良かったよ」
「……?」
 ぼそりと呟かれた言葉に、リーゼアが怪訝な顔をする。そういえば、犬猿の仲のライゼスはともかく、セラもほとんど喋っていない。三人の間に漂う微妙な空気に気が付いて、リーゼアは兄を伺い見た。だが、目を逸らされる。
「ええっと……姫様。快気祝いに城下でランチというのはどうでしょう?」
 ぴくりとライゼスが眉を動かし、セラが目を輝かせてリーゼアを見下ろす。実に上手く両方の気を引くと感心しながら、すかさずティルはリーゼアの作った流れに乗った。
「それいいね! 院食に飽きてたとこだよ」
「貴様のためじゃないぞ!!」
 セラに向けていた笑顔から百八十度表情を変え、髪を逆立ててリーゼアが噛みついてくる。誰の快気祝いなんだよと突っ込みかけたところで、ライゼスが声を上げた。
「僕は気が進みませんが……」
「なら遠慮なく帰ってくれ。俺はお前がいない方がいいぞ」
「三人で行かせられるわけがないでしょう!」
「お兄様! その人退院直後です!」
「リズちゃんがそれ言う〜?」
 魔法のスペルを詠みかけたライゼスをリーゼアが慌てて止め、ティルが肩を竦める。さらにリーゼアがそれに反論しかけて――口を噤む。
「ふふ……」
 セラがこちらを見て笑っていた。睨み合っていたライゼスとティルとリーゼアも思わず表情を溶かしかけ――慌てて口論を再開する。
「もう一回入院させてあげます。貴方がいない間、とても静かで快適でしたよ」
「お前んちの家計がどーなっても知らないぞ」
 睨み合う二人を放置して、リーゼアはセラに声を掛けた。
「行ってみたいお店があるんですよ! こないだできたお店なんですけどね、ケーキバイキングがあって」
「ケーキかぁ……」
 リュナがいれば喜ぶだろうが、とはリュナと面識がないリーゼアの手前口の中で呟いて、セラは思案した。嫌いではないが一つ食べればセラはそれで充分だし、ライゼスとティルは確か甘いものが苦手だ。
「俺は酒が呑めればなんでも」
「ふざけたこと言わないでくれます? 当分禁酒ですよ貴方」
「はっ!? 呑まない快気祝いとか意味わかんねーよ!」
「意味がわからないのはこっちの方です。そもそも快気祝いやるほど治ってないんですよ。僕が経過を看る条件で退院できただけです。いいですか、最低半年は禁酒ですからね」
「やだ! なんでボーヤに行動を制限されなきゃならねーんだよ!」
「へええ……わかりましたよ。セラ、リズ、今後この人が飲んだり無茶しようとしてたら頭かちわってでも止めて下さい。いいですか、しっかり監視して下さいね?」
 二人がこちらを向いて――無言で了解のサインを出す。
「良かったですね、美女二人に監視されて。しっかり養生して下さいね」
「テメェ……卑怯な……」
「何かあれば僕が責任を問われるんです。どんな手も使いますよ」
 うぐ、とティルが言葉をなくす。
「ケーキのお店だから、紅茶は充実してますがお酒はありません」
「よし、そこにしよう。一生分ケーキ食べとくことにする。行くぞ、リズ」
 女性二人が勝手に話をまとめて部屋を出て行く。睨み合い、下らない口論を続けながら男二人がそれに続く。
 昼下がりの時間は、穏やかに緩やかに流れていた。