2.



 ランドエバーの王女親衛隊プリンセスガードは、騎士団の八つの部隊とも、王都以外に駐屯する分隊とも異なる、女性だけで形成された騎士団である。元々は元老院の私兵という歴史があるが、現在は院の衰退と王女の身辺警護という役割により、どちらかといえば王家に属している。その親衛隊の深紅の軍服を纏った少女は、ライゼス、ティルの横を通り過ぎるとセラの隣で膝をついた。
「恐れながら申し上げます。陛下は、昨今親衛隊の存在意義が問われているのをご存知でしょうか」
 そんな風に噛みついてくる少女の表情は、彼女の母を彷彿とさせてアルフェスは思わずため息をかみ殺した。事実、どちらが厄介かといえば――どちらもどちらである。そして、同時に彼女が言いたいことも痛いほどわかる。
 ただでさえ、大人しく守られる気のない跳ねっかえり王女の前に、親衛隊は本来の職務を失いつつある。その上、今回のような件までライゼスとティルに任せてしまっては、いよいよ親衛隊の出る幕はなくなってしまうだろう。
「ああ……すまない、それはそうだな。だが、セラの婚約者として顔を知ってもらういい機会だと思ったんだ」
 アルフェスにとっては何気ない言葉だったが、四人の間にはなんとも言えない微妙な空気が漂った。
 セラは未だに縁談に興味がなく。
 そんなセラの性質を知るだけに、ライゼスとティルはその形だけの肩書きを持て余し。
 そしてリーゼアは、そんな三人の関係が酷く苛立つのである。
「もともと親衛隊は元老院に属していたものだ。二十年前の戦乱が開けてから、我が国の騎士団の在りようも大きく変わった。一度見直すべきと考えてはいるのだが……」
「いえ、陛下。妹が失礼を致しました。お許し下さい」
 アルフェスが手を顔に当てて難しい顔をすると、ライゼスはリーゼアを遮るように前に出た。しかし、リーゼアはさらに声を上げた。兄には従順な彼女にしては珍しいことである。
「陛下がお忙しいのは存じておりますし、親衛隊の扱いについて今すぐにどうということではありません。ただ、せめて今回、姫様の公務にはわたしを同道させて下さいませ。姫のお召し替えや身の回りのお世話、兄上達には任せかねます」
「まあ……、確かにそうだが」
 リーゼアの言は正論である。言い返す言葉もなくアルフェスが唸るが、ライゼスの胸中は複雑だった。
「しかし、リーゼアだけでは……もし姫が暴走したときに止められるか不安です」
「それはお兄様も同じではありませんか!」
 心外だというようにリーゼアが叫ぶが、このときもっとも心外な顔をしていたのはセラである。
 だが、ティルの一言が、堂々巡りになってきた場をおさめた。
「それなら、みんなで行けば良いではないですか」
 そんな彼の猫かぶりな笑顔を、ライゼスは深い溜め息と共に睨むのだった。

「いや、なら他にどうしろって言うんだよ。他にあの場をおさめる方法があったか?」
 一通り支度を終え、セラを待っている間中睨んでくるライゼスに、ついに耐えかねてティルは不満げな声を上げた。
「あなたの二重人格に呆れているだけですよ」
「失礼な。俺だって空気くらい読むよ」
「なら今読んで下さい。あなたが残ってくれれば、いくらか僕の胃も救われます」
「アホか、空気読んで同行するんだろうが。一応俺だって陛下の命を受けてんだ。いまさらこれを返上しろって?」
 言いながら、ティルは身につけている騎士服を示した。今回の公務のためにしつらえられたもので、ライゼスも同様のものを着ている。今まで曖昧な立場にいた二人は、騎士団所属でありながら、実は正式な騎士服を持っていなかった。
「なんなら僕が返しておきましょうか? 嫌なら無理に来なくていいんですよ」
「言っておくけど、お前らが邪魔なのは俺だって同じなわけ」
「ほら、それが本音じゃないですか」
「やけに絡むな。俺に絡むくらいなら自分の妹をなんとかしろよ」
「あなたがなんとかして下さいよ。妹は……」
 言いかけて、ティルの目が不穏に翳ったことに気付き、ライゼスは咳払いと共に口を噤んだ。
「ほんとはボーヤが行きたくないから苛立ってるんじゃないの?」
「……だからと言って、セラを放っておけません」
「だろうね。そして俺は、そんなセラちゃんとボーヤを放っておけない。そしてリズちゃんは、そんな俺達を放っておけないんでしょうよ。厄介なこったね」
 皮肉のこもった声でそう言うと、ティルは苦笑して肩を竦めた。
 やがて近づいてくる二つの足音を聞きながら、ライゼスはただ、この旅の平穏をひたすらに祈った。