――その、数ヶ月前のこと。
「将軍」
その声に、パルパレオスは今まさに愛竜レンダーバッフェにまたがろうとしていた足を止めた。
「ビュウ? 何故――」
不可解な表情で彼は空を仰いだ。真紅の竜が視界に飛び込んでくる。
それがビュウの愛竜サラマンダーであることは一目で知れた。
「律儀な貴方のことだから、今日あたり発つのではないかと思っていたんだ」
程なくして、金髪の若い騎士が地に降り立った。帯びた剣の数は、パルパレオスと同じく二本。
「悪いけど行かせないよ。貴方が行けば、ヨヨが泣くから」
「お見通しという訳か。しかし……行かせてもらう。俺はここにはいられない」
緑なすカーナ・ラグーン。その緑の美しさはキャンベルにも劣らない。だがその美しきカーナも、一時は焼け野原と化したことがあった。
それを成したのは、戦争。
それを成したのは、グランベロス。
そして――
「俺はグランベロスの将軍としてかつてこの地を灰にした。あまつさえ俺はカーナ城を陥落させ、お前を倒し、そしてサウザーと共に王を……彼女の父を……」
パルパレオスの言葉が詰まる。だが声に出すことをやめても過去は無くならない。もっとどうしようもないことには、例えそのときに戻れたとして、将軍の自分に他にどんな行動が取れただろうか。
それはどうあがいても変えられない事象と事実としてここにある。
「こんな俺が今更、カーナ城におめおめと姿を現すわけにはいかんだろう」
口の端を上げ、自虐的な笑みを見せるパルパレオスに、だがビュウの意志もまた変わらなかった。
「だが今ベロスに戻るのは危険だ。今ベロスでは戦争反対運動が過熱化している。そんなところに将軍である貴方が戻れば、それこそ油を注ぐようなものだ」
「お前にそんな心配をされるとはな」
ふと、パルパレオスの笑みが苦笑に変わる。
「お前とて俺を恨んでいる筈だ」
言い放つパルパレオスに対して、ビュウも同質の笑みを見せた。
「……かも、知れない。全く気にしていないと言えば、それは嘘になるだろうから。でもそんなことよりも、僕はヨヨを悲しませたくないんだ。王家に仕える騎士として、主君の悲しむ姿は見たくない」
カーナが陥落したあの日から――、ヨヨの涙を見たことは数あれど、本心からの笑みを見たことは数少ない。
ビュウにはそれが苦しかった。
「だから力尽くでも行かせない。貴方がベロスへ死にに行こうと考えているなら尚更だ。……マテライトの言葉を忘れたか? 死んで償える罪なんてない。貴方が己の罪に苦しむなら、お願いだ――ヨヨをこれ以上悲しませないでやってくれ!」
「……」
沈黙の向こうに、パルパレオスはじっとビュウを見据えた。
それでも行こうとすれば、本当にビュウは斬りかかってきそうだ。
(力尽く――か)
今のところ、彼との勝負は一勝一敗。
ふ、とパルパレオスは笑みを落とすと、すぐにその表情を引き締めた。そして二本の長剣をすらりと抜き放つ。
「ならば、決着をつけようか……ビュウ」
「将軍!?」
咎めるような声を上げたビュウを視線でいさめ、パルパレオスは言葉を続けた。
「全ての――決着だ。戦争のこと、カーナのこと、単に同じクロスナイトとしての技量――それから、ヨヨのことだ」
だがビュウは拒絶するように首を横に振った。
「そんなのは、僕達が決めることじゃない。ヨヨが決めることだ。そして、ヨヨはもう決めた」
「お前はそれで納得できるのか? お前のヨヨへの想いは所詮そんなものなのか!? 俺だったら――」
「だったら、どうだ?」
声を荒げたパルパレオスに、さも可笑しそうにビュウは聞き返した。
「僕は選んだだけさ。自分の幸せとヨヨの幸せを。……僕だけじゃない、カーナの騎士団の皆がそうさ。僕達は皆、誰よりヨヨの幸せを願っている。貴方をここから追放しないのも貴方の為じゃない。ヨヨの為だ」
パルパレオスは再度苦笑した。
こいつにはかなわないかもしれない、と心のどこかがそう認めている。
この若い騎士ならば――
自分と違い、ヨヨを泣かせたりはしないだろう。何一つとってみても、彼の方がずっと、ヨヨには相応しい。
だがそれを口にして、彼のプライドを壊す気はなかった。言葉はどれも無意味だ。
(騎士同士、言葉で語れぬならば、やはり――)
ヒュン、と風を切って、パルパレオスは片方の剣を振り下ろした。
「やはり、決着をつけるべきだな。……ヨヨのことじゃない、お互いのけじめのために」
「……」
一瞬の沈黙の後、ビュウも二本の剣を抜き放った。それが返事だった。
「……。俺は、時々思うよ。お前がもっと――嫌な奴だったら良かったのにと」
「それはお互い様さ。パルパレオス将軍」
交わす言葉の終わりが、合図に代わる。二人が地を蹴ったのは同時だった。