04:不似合な男と女


 翌日、秀一の事情聴取の許可が降りたため、真夏と日野は彼が入院している病院へと向かった。病室をノックすると、はい、と若い女性の声で返事がある。
「北署の佐藤です。君は?」
「紀野梢です。秀一さんとお付き合いしてます」
 返ってきた答は意外なもので、真夏は一瞬ぎょっとしてしまった。秀一の彼女にしては随分若いように思える。女はせいぜい二十歳程度の見た目だった。そして何より、格好が若い。
 チェックのミニスカートに黒の二―ハイ、底のやたらに厚い靴。黒のパーカにはうさぎのような耳がついている。ふわふわのパーマがかかった髪は金色だ。
「失礼ですが、お幾つ?」
 日野の明らかに興味本位な質問に、真夏は顔をしかめたが、梢はにこっと笑って答えた。
「ハタチですよ。専門学生です」
「先輩」
 ごほん、と咳払いすると、日野はじろっとこちらを見てから、秀一のベッドに近づいた。
「いやぁ、羨ましいです。可愛らしい彼女さんがいて」
「はは、お恥ずかしいです。見た目はちょっと派手ですが、真面目な良い子なんですよ」
「これはご馳走様です」
 そんな冗談を言って、日野と秀一が笑い合う。
「……それで、静養中の所申し訳ないのですが。倒れたときのことを詳しく教えて頂けますか」
 真夏が口を挟むと、秀一は真顔に戻って真夏の方へ向き直った。
「行きつけの喫茶店で軽食を取って、タバコを吸い始めたら息苦しくなって。このところ風邪気味だったからタバコが良くなかったのかと、すぐに消して店を出ました。ですがどんどん胸が焼けるように熱くなってきて、平衡感覚もなくなって。あとはわかりません」
「恐らく、そのタバコに毒が仕込まれていたと思うのですが。貴方に恨みを持っていそうな人や、タバコに毒を仕込めるような人の心当たりはありませんか?」
「そういう人がいてもおかしくはないでしょうが、心当たりはありませんね。タバコはいつも胸ポケットに入れていますし、いつ仕込まれたのかはさっぱり」
「そうですか……」
 本人から話が聞ければ進展があるのではないかと思ったが、秀一からも、これは、という話は聞けなかった。その後は、調書を作成するのに必要な細かい質問を行っていく。
 一通りそれが終わって真夏が言葉を切ると、ふと日野が言葉を挟んだ。
「弟さんとは、仲がいいんですか?」
「え?」
 急な質問に、秀一が日野を振り仰ぐ。
「いえね。僕にも弟がいるんですが仲が悪くて。弟さんに聞いたんですけど、旅行に行くのに駅まで送ってあげたとか。僕なら休みの日に使われるなんて勘弁ですよ」
「刑事さん、もしかして弟を疑っていますか?」
 鋭い視線を向けられて、日野が気まずそうに苦笑する。日野のフォローは自然だったが、秀一はなかなかに鋭敏な人物だった。
「悪くないですよ。やんちゃですが、歳が離れているので可愛いもんです。弟が僕を殺そうとする筈がありません。……あ、そうだ。あのタバコ、一本あげたんです、弟に」
 突然秀一が言いだした言葉に、真夏と日野が身を乗り出す。
「何ですって?」
「その、駅に送る途中でタバコをくれと言われて一本あげました。渡した一本は、箱を振って適当に飛び出たやつだから、僕も弟も選んではいません」
 秀一の話が本当なら、弟の犯行である可能性は低くなる。思わず考え込んだ真夏と日野の二人を見て、秀一はほっとしたように表情を緩めると、勢いづいたように言葉を続ける。
「弟が毒を入れたなら、そんなタバコを自ら吸うような危ない真似はしないでしょう。それに、僕がそのとき毒入りのタバコを吸ってしまったらどうするんです。アリバイ工作の方法としては杜撰すぎる。毒入りタバコが一目で選別できて、僕がどんな順番で吸うのかわかっていたならともかく。そんな都合の良いことが……」
 得意そうに豪語していた秀一の声が、突然消えた。
「? 池本さん?」
 不審に思って真夏が声をかけると、秀一が息をついて胸をおさえる。
「……すみません。急に気分が悪くなって」
「た、大変だ。すぐにナースコールしますね」
「いえ、少し休めば大丈夫です。刑事さん、今日のところはこれぐらいにしてもらっていいでしょうか。梢、君もそろそろバイトの時間だろう」
 ナースコールを押そうとした真夏の手を秀一が掴んで止める。有無を言わさぬ調子でそう言われて、真夏は浅く一礼した。
「わかりました。まだ回復しきっていないところ、ご協力ありがとうございました」
「シューイチ、大丈夫? あたし、バイト休もうか?」
 梢はちらちらと腕時計を気にしながらも、秀一の容体を気にして迷っているようだった。しかし、秀一は首を横に振ると穏やかに微笑んだ。
「いや、大丈夫だよ。少し眠りたいから、一人の方がいい。それに、急に休んだら他の人に迷惑がかかるだろう」
「うん、わかった。じゃあ、また明日来るね」
 それでも梢はまだ心配そうだったが、秀一に諭されると、病室を出て行く真夏と日野の後に続いた。

「梢チャンは、いつから池本さんと付き合ってんの?」
 病院を出るなり日野はタバコをくわえると、一緒に歩いていた梢にそんな風に声をかけた。
「んーと、一年くらいかな」
「どうやって出会ったの? 合コン?」
「ううん。あたし、ケンタと同じ高校だったんです。シューイチ……シューイチさんの弟の」
「ああ、なるほど」
 言われてみれば、健太と梢は同じような年頃だった。少し派手な印象も、秀一よりはよほど健太に印象が近い。
「え、もしかして元々は健太君の彼女だったとか?」
「違いますよ! ケンタはただの友達です」
「ふーん……」
 日野が意味深な相槌を打って、日野はタバコを箱に戻した。
 色々聞かれそうな気配を察したのか、それとも偶然か、梢が突然話を変える。
「刑事さんて、セッタ吸ってるんだー。可愛いですよね、セッタ」
 そんなことを言われ、日野はポケットに戻しかけたセブンスターの箱を改めてマジマジと見た。
「可愛いかぁ?」
「星が可愛いじゃないですか。セブン、っていうのもなんかツイてそうだし! マイセンとかキャスターって、おっさんくさくて好きじゃないんです。シューイチさんマイセンだったから、銘柄変えさせちゃった」
「へえ、何に」
「ラッキーストライク! 可愛いし、ツイてそうでしょ?」
 なるほどね、と日野が笑うと、梢もにこっと笑った。
「あ、じゃああたしバイトなんで。お仕事ガンバって下さいね!」
 言うなり、梢は通り向こうのコンビニにむかって駆けて行った。それを見送ってから、再び日野はタバコをくわえた。
「まぁしかし、とんだアンラッキーだったわな」
 皮肉を言う日野に、真夏が「はは」と苦笑した。