太陽の騎士姫 4



 白銀の刀身が、太陽の光を弾いてさらにその眩しさを増し、ちかちかと閃く。
 今度こそ、完全にクラストから笑みは消えて、逆にティルが勝ち誇ったように笑った。それを憎々しげに見返して、クラストが唸る。
「……いつから」
「割と前だよ。貴様の目的を知った辺りかな? 俺は十七年姫を演じてきた。短期間貴様の人形を演じるくらいどうってことはないさ」
 以前のような、人を食った口調でティルが嗤う。
「何故だ。キミは誰よりこの世界を憎んでいた筈だ。この世界に、人間に、自分自身に誰よりも絶望していた」
 静かな呟きと共に、再び青い光がクラストを包んだ。
「その通りだ。貴様のような阿呆がいるから人間は嫌いだよ」
 肯定してなお、ティルは嘲笑った。クラストから放たれた青い光はすぐに消え、クラストが眉間の皺を深める。
「……人間は儚くて弱くて汚い、だったな。あとひとつ付け加えておけ。ついでに気まぐれだ。昨日まで絶望してたからって今そうだとは限らないんだよ。三秒で考えが変わることだってある。……俺はこの世界も人間も大嫌いだ。でもな」
 刀を掲げたまま、ティルはセラに被さるように彼女の前に進み出た。
「セラちゃんがこの世界を好きだって言うなら、俺も好きだ」
「馬鹿な。たったそれだけの理由で、キミはこの世界を受け入れるのか」
 ティルは答えなかったが笑顔は消えず、クラストはティルを睨んだまま風に踊らされるマントを払った。すっと彼の目が細まり、そこから殺気が溢れだす。
「……まるで理解できないよ。反吐が出る」
 吐き捨ててクラストが剣を構え、はっとしてセラは自分の剣に視線を投げた。つい放ってしまったことを後悔する。ティル一人ではクラストには勝てないだろう。そう思って焦ったのだが、ティルから余裕が消えることはなかった。
「威勢がいいようだけど、ティルフィア。ここからセリエラを連れて逃げられるとでも」
「思ってるから芝居をやめたんだ。俺はそんな浅はかじゃないぜ?」
 さらに一歩、ティルが後退する。押されて、セラはふらついた。塀の上だ、そう広さがあるわけではない。これ以上は下がれない――怪訝な顔でセラがティルを見上げ、クラストがそれを嘲笑う。
「まさか飛び降りる気? ずいぶん杜撰な賭けをする」
「そうかな」
 余裕たっぷりでティルが返す。だがセラにもその余裕の根拠が解らない。ふらついて、セラは下を見下ろし――そして、双眸を見開いた。驚いたのは高さにではない。それから、良く聞き慣れた声が耳に届くのはすぐだった。
『光よ、我が背に寄りて、光鱗の翼と成せ!!』
 太陽を飲み込んで、光が爆発する。その光の洪水の中で、ティルが振り返って笑った。
「……行きなよ」
 優しくティルの手が肩を押し、ふわりと体が浮く。その体が落下していくのを感じても、まるで恐怖はなかった。
「セラ!!!」
 その名を呼ぶ声が、存在が、その光が、いつも傍にある限りは――恐怖も哀しみも痛みもきっと全て、乗り越えていけるのだと強く思う。
 良く知ったぬくもりが体を包むのはすぐだった。口にした名は酷く懐かしく、しがみついた胸は今までよりもずっと広く頼もしかった。
「ラス……すまない。私はやっぱり、お前がいないとダメみたいだ」
「そう思うなら、もう離れていったりしないで下さい」
 抱き締めながら、ライゼスが呟く。やはり小言のようになってしまって、自分でも苦笑すると、こちらを見たセラも見透かしたように笑っていた。彼女はきっと、いつもの小言と同じように受け止めるのだろう。それでも良いと思いながらも、小さくライゼスは付け加えた。
「――と言ってもどうせセラは僕の言うことなんて聞かないんでしょうから。だから……もう放しませんよ」
 きょとんとするセラから視線を逸らして、ライゼスは上を見た。落下は止まっているから、こちらを覗きこんで愕然とするクラストの顔がそう遠くなく見える。だが彼が見ているのはこちらではない。その下で、ルートガルドを取り囲む軍勢だろう。漆黒の馬に跨る黒軍服の青年を筆頭に、リルドシアの国旗が至る所で翻っている。
「……ランドエバー聖近衛騎士団第九部隊のライゼス・レゼクトラです。貴方の計画はもう我が国にもリルドシアにも――そして貴方が暗躍していた全ての国にも露見していますよ。カルヴァート伯爵の件その他諸々、もう調べはついています。貴方の負けだ。セラは返してもらいます」
 聞いているかは解らなかったが、それを覗きこんでライゼスが穏やかに告げる。下を覗きこんだまま凍りついたように動きを止めたクラストの隣で、ティルもまた呟いた。
「同じくランドエバー聖近衛騎士団第九部隊のティル・ハーレットだ。あんたは二つミスをした。リルドシアを通ったことと、俺とボーヤを接触させたことだ。リルドシアにはエドがちょろちょろしてるから、貴様がボーヤにご執心の間にレイオスと繋ぎを取って貰ったんだよ。手詰まりだったのがどうやってセラちゃんを無事保護するかだったが、貴様はわざわざそれをボーヤとゆっくり話し合う時間をくれた。自分の力を過信しすぎたな、クラスト――」
 刀を納めながらつらつらとティルは喋り続け、だが思い直して言葉を止めた。そして、すぐに続ける。
「いや、あんたの敗因は我らが姫に手を出したことかもね。言ったろ? あの瞳は穢せないって。眩しくて温かくて真っ直ぐで。それを侵すなんて太陽に近づくようなものさ」
「…………ッ」
 見下ろしたセラの瞳は、やはり一点の曇りすらなくこちらを見上げてくる。眩しさに目を細めるのは、あふれる光のせいではない。

「……ボクの負けだよ、太陽の騎士姫。できることなら、キミがこの下らない世界にいつまで希望を注げるのか見届けたいものだね」

 力無い呟きが聞こえて、セラは顔を上げた。
 その唇が言葉を紡ぐことはなかったが、応えるようにセラは目を逸らさなかった。