7.



 メイド達が、いやに慣れた手つきで廊下に火を灯していく。それはこのような事態が初めてではないということを如実に表していた。ブレイズベルク領主に案内されて部屋を変え、一同が席につくと、クルトはおもむろに語り始めた。
「皆さまは、ブレイズベルクの乱をご存じですよね?」
「もちろんです。大陸歴3024年、旧ブレイズベルク公国公主アトラスが起こした戦乱ですね」
 セラが首を振る前に、ライゼスは急いで答えた。この戦乱を制したのは何あろう現ランドエバー国王アルフェスである。さらに言えばアルフェスが即位するきっかけとなった、ランドエバーの歴史的に重要な出来事でもある。それを王女であるセラが知らなければ大恥だ。
「アトラスは先の聖戦で弱っていた国々を滅ぼし、さらにランドエバーをも侵略しようとしていた。それを聖戦以来行方不明だったランドエバーの守護神……今のアルフェス陛下が制して即位。大陸を越えて伝わる英雄譚です」
 ティルがその後を継いで補足する。自然な流れではあったが、わざわざこの場の誰もが知っていると思われる概要を説明したのはわざとだろう。事実、歴史の授業をサボりまくっていたセラは二人のフォローに感謝していた。
「その通りです。実はこの館は、そのときにアトラスが建てた城の一部なのです。アトラスは城の完成を待たずに倒れましたが――そのためか、この館にはアトラスの怨霊がとりついているなどという噂がありまして……」
「陛下への恨みからか? そんな馬鹿な」
 セラがせせら笑い、クルトは手にしたハンカチで汗をぬぐった。
「私もそう思いました。城を取り壊す話もありましたが、聖戦に続く戦乱の後です。建てたばかりのものを壊して作る余裕もなく、城はそのまま領主邸となりました。しかし、最近怪現象が絶えないのです」
 もし、さきほどの異変がなければ――四人ともクルトの話を笑って流していただろう。そもそも、クルトもこの話をしなかったに違いない。
「それが、先刻の灯りが消えるものか?」
「それもあります。館中の灯が全て消えるのは、今月に入って三度ありました。皆寝静まった頃にあるので最初は気付かなかったのですが、メイドによれば先月も何度かあったとか」 「それも、ということは他にも?」
 冬だというのに、領主は汗だくになっていた。たえずハンカチで顔をおさえながら、セラの問いに答える。
「屋内なのに突然強風が吹いたり、この館だけが地震のように揺れたり。唸り声を聞いたり人影を見たりした者もおります」
 そのとき、急にカタンと物音が聞こえて、「ひっ」というクルトとリーゼアの悲鳴が重なった。三人の視線を浴び、リーゼアが慌ててコホンと咳払いをする。
「……怨霊がいると思っていると、ただの物音でも怨霊の仕業に見えるものです。唸り声や人影は、その者の思い込みではないでしょうか」
 それを見て、ティルが口を挟んだ。ライゼスも軽く頷く。
「私もそう思います。それに――火が消えたり、強風や地震などは、魔法の力のようにも思えますね」
「しかし聖戦の頃ならともかく、今の時代そこまで魔法を操れる者がおりましょうか。……いや、そういえばライゼス様は精霊魔法に長けているのでしたね」
「いえ、私が使えるのは光の魔法だけです。火と風と地、しかも火が消えたあとに点けることができないのは闇の属性も係わりそうです。同時にそこまで操れるのは、聖戦の時代でもセルティのカオスロードくらいでしょう」
「ではお兄……兄上、魔法だと考えるのも現実的ではないということですか?」
 リーゼアが震える声を紡ぐ。寒そうに腕をさすっているが、実際に寒いというわけではないのだろう。
「それでも、怨霊が怪事件を起こしているというよりはまだ、現実的かとは思います。また怨霊だとして――それも、聖戦以前の力の強い術士が、現代に残す力の片鱗でしょう」
 後者は、セラとティルにも覚えがあることだった。幽霊などというと信じられない気持ちが強まるが、魔法、それに準じる力と言われれば馴染みがある。
「言われてみると……ブレイズベルク城は遺跡を利用して建てられたと聞いていますね」
 それだ、とライゼスは確信した。
「領主邸として利用しているのは城のごく一部です。封鎖されている部分には、遺跡をそのまま遺している部分も多いとか」
 怪現象は、おそらく遺跡の力が影響している。それがわかったのは良いのだが――ライゼスには嫌な予感が募り続けていた。
「では、少し調べてみましょうか」
 セラが立ち上がる。
 嫌な予感が的中してしまい、ライゼスは胃を押さえた。
「……姫。明日の朝には王都に戻る予定となっておりますが」
「だから今調べるんだろう。このままではブレイズベルク卿が心安らかに過ごせまい」
 そう言われてしまうと、ブレイズベルク卿との友好関係のために王都から赴いている以上、ライゼスにも強く止めることはできなくなってしまう。彼の胃痛など知る由もなく、クルトは「おお……!」と歓声を上げた。
「なんとお優しい。太陽の騎士姫と称される貴方様であればこの事態も必ずや解決してくれることでしょう」
 人の気も知らないで、という言葉を、ライゼスは辛うじて胸の中だけに押しとどめた。だが。
「それでこそ、私もはるばる王都から来た甲斐があったというもの。さっそく参りましょう。あと、すみませんが剣を一振りお貸し頂けないでしょうか」
 とてもいい笑顔でセラがのたまうのに、ライゼスは強まり続ける胃痛との戦いを強いられるのであった。