SUMMER ROMANCE 8



 ライゼスとティルの姿が往来に消えるのをしばしリュナはじっと確認していたが、視線を感じてそれを止める。
「あなたって、凄い力持ってるのね」
「……欲しくて持ってるわけじゃないですが」
 眼帯に触れ、珍しくリュナが声のトーンを落とす。失言だと気付きはしたが、シェリルの方は態度を変えず、そして口調も声色も変わらなかった。
「そうね、私もそうよ。とっとと死ねた方が楽だもの」
 意表をつかれた思いでリュナはシェリルを見上げた。口調は変わらないが、態度はさっきまでとは少し違う。それはこちらとて同じことだろうから、リュナは単刀直入に問いかけた。
「ねえシェリルさん。セラお姉様が好きだって言ったの、嘘でしょう」
 問いというより確認に近い聞き方に、シェリルが苦笑して見せる。
「どこまで本当なんですか? さっきチンピラ怖がってたのだって演技ですよね」
「……聞かなくたってわかってるんじゃないの」
 頬杖をつき、シェリルがこちらを見下ろしてくる。
「わたしもそういう力が良かったわ。そしたらあの人が何を考えてるか解ったのに」
「必ずしも、自分の欲しいものが視えるわけじゃなくてもですか?」
「それでも知りたかったの。なんでもいい、知りたかった」
 こちらに向けられた翠色の瞳が細まる。セラのものでも、今までのシェリルとも違う表情は、胸を刺すように痛い色を含んでいて、リュナは強く右目を押さえた。読まなくても流れ込んでくるほどの、強く哀しい想い。
「わたしの力はね。未来が視えるの、少し。でもあの人はそれを要らないと言った。未来が視えても、あの人が何を考えてるのかはわからない……。滅びを視ながらも、私は何も言えないまま、ただ騎士として剣を振るい、共に滅ぶしかできなかった。でも死ねない。これで良かったのか、あの人が何を思っているのか、今もわからない……。解放もされない……」
 つう、とリュナの目から涙が落ちるのを見て、シェリルは語るのをやめるとその涙に指を当てた。
「ごめんね。……貴方の力も面倒みたい。やっぱり力なんて、あっても仕方ないものばっかりねえ」
「いえ」
 彼女の哀しみに感化されて勝手に涙がこぼれていく。だが別に、それは力のせいだけではないし、リュナが力を疎いと思うのはこういうことがあるからではない。
 きっと、大事な人の哀しみに気付けないよりはいい。
「……でももういいの。あの子の光なら、成仏させて貰えそうだし」
「シェリルさんの望みがただの消滅なら、ライゼスさんじゃなくても、あたしもっと専門の人知ってます。でも、なら、どうして拒んだんですか?」
 今度は本当に答の解っていない問いで、シェリルはにっこりと笑った。哀しみは消えたけれど、まだ少し憂いが残る笑みだった。
「そうね。気付いたからかしら」
「何に?」
「力とかそんな面倒なこと考えないで、好きなら好きって言えば良かったんだなあって。この子見てたら思ったの。だから、恋がしたいっていうのはあながち嘘でもないかなあ」
 ああ、とリュナが同意の声を上げる。
「お姉様って見てるとじれったいですもんね」
「そう。だからつい取り憑いちゃった。なんか、わたしと似てるなあとも思ったのよね」
「でも、ライゼスさんとティルちゃんだって、相当じれったいですよ? 押してくっつくようなくらいなら、あたしだって苦労してません」
「どっちがいいのかしら?」
 けたけたとシェリルが笑う。だがリュナは一緒になって笑う気にはなれなかった。このトライアングルは相当根が深いのである。
「笑いごとじゃないんですよ?」
「わかってるわよ。あの坊やたち、二人とも隠してるけどすごい殺気立ってるもの。とくに銀髪の方、あれヤバイわね」
「わかってるなら安易なちょっかいは……」
「それを忠告したかった訳ね」
 ふっと笑った後、シェリルは鋭い瞳を往来に向けた。
「恋って怖いわね。人の全てを変えてしまう。ときには命さえ霞むほど」
 命を持たない者の言葉だけに、それは重い。だからシェリルは喜劇ばかり演じるのだろうか。さっきまでの馬鹿騒ぎが愛しくさえなるほどに、今のシェリルの瞳には哀しみと重みばかりがある。
「……だから、この子ほっとけないの。ね、この子どっちの方がいいのかしら」
「さあ……、でもそれが分かるとしたら、お姉様だけですよ。周りが騒いだって仕方ないです」
「冷めてるのね」
「皆のこと好きですから」
 意味ありげにリュナが笑い、シェリルもまた笑い返す。
「お姉様のことより、ご自分のこと考えた方がいいんじゃないですか? 何がしたいか、もうわかってるんでしょ?」
 だがそう振られると、笑みに苦みを含めるしかなかった。
「あーあ。いくらマインドソーサラーとはいえ、子供に諭されるなんてねえ」
「リュナです。そういえばちゃんと名乗ってなかったですね。リュナーベル・リージア・カシスォークです」
 今度こそ、シェリルの表情が凍る。彼女の名に。正確には、彼女のファミリーネームに。
「今、なんて……」
「だから、会わせてあげられますよ。シェリルさんが会って伝えたい、その人に」
 屈託のない笑顔を向けられ、しばし言葉を失った後、シェリルは観念したようにふっと息を吐き――、そして、憂いも苦みもない綺麗な微笑みを浮かべたのだった。