SUMMER ROMANCE 6



 またしばらく沈黙が流れる。ぽっと頬を染めて伏し目がちに座るシェリルがどこまで本気なのかは判り兼ねるが、シェリルはセラの性別を正しく理解しているのだろうかと。そんな一抹の疑問をライゼスが口に乗せる前に、興奮した様子のリュナがその間に割って入る。
「だだだだめですよシェリルさん。お姉様はリュナの……、じゃなかった、お姉様にはライゼスさんとティルちゃんがですね」
「少し落ち着いて下さいリュナ。そういう問題ではなく……」
「あーーーー! わかったーーー!」
 うろたえるリュナをライゼスが窘め、だがティルの叫びがそれらをまとめて吹き飛ばす。
「なんですかうるさいですね」
 反射的に殴りつけてくるライゼスの拳を紙一重で避け、ティルはシェリルに負けない満面の笑みで手を挙げた。
「解決案。シェリルちゃんが俺に乗り移って、セラちゃんとひと夏の恋をすれば良いってことで」
「却下」
 ライゼスは即答すると、そのまま裏拳でティルを沈めた。リュナがちらりとそれを見るが、見なかったことにする。だがそのお蔭で若干落ち着きは取り戻し、そしてうーんとリュナは首を捻った。
「さっきライゼスさんに乗り移ってお姉様に抱きついたのは、そういう訳だったんですねー。でもライゼスさんに移れない以上、ティルちゃんの案も捨てきれない気もしますけど……」
 思案顔でリュナに見上げられても、ライゼスは意見を翻さなかった。
「却下は却下です。その案を通すくらいなら、無理にでも僕が成仏させます。二人まとめて」
「二人って」
 冗談かと思いたかったがライゼスの表情は至って真剣で、やりかねない雰囲気を感じてリュナは身震いした。シェリルも同様の圧力を感じたらしく、ぶるぶると頭を振る。
「やめてよね、わたしだって却下。自分より綺麗な女は嫌いよ。取り憑くなんて御免だわ」
 女心というのはそんなものなのだろうかとライゼスが理解できかねぬ理論に唸っている間に、背後で沈んでいた気配が揺れて渋面になる。
「俺は男だ!」
 ティルが起き上がって予想通りの文句を言うのをライゼスもリュナもため息で見守る。そしてこれもまた予想通りに、シェリルはティルをまじまじと見直して、そして素っ頓狂な声を上げた。
「えぇ、嘘でしょ!?」
「いや、ほんと」
 全く信用してないシェリルにティルが唸る。だが、その後のシェリルの行動は、誰も予想し得ぬことで――彼女は突然手を伸ばすと、珍獣でも見たような目で無遠慮にティルをべたべたと触り出した。
「あの、ちょっと……」
「きゃーーーーーーーーー! ほんとに男だしーーーーーーー!!」
 さすがに怯むティルに構わず、真っ青になってシェリルが叫ぶ。
「すごいストレートな確認の仕方……」
 ぼそ、と呟くリュナもまた無視して、シェリルは尚も青い顔でぶつぶつと呟いた。
「肌真っ白……長い睫毛……髪さらさら……綺麗な爪……。なのに男って……すごーくムカツク」
「ああ、リュナもその気持ちは解りますけど……」
 それは女性にとってはほめ言葉かもしれないが、ティルにはいちいち全部が刺さっている。それに気付いたリュナはシェリルを諌めようとするのだが、彼女は止まらなかった。結果、立ち上がってびし、とティルを指差したシェリルがとどめの一言を口にする。
「あなた嫌い!!」
 あーあ、とリュナが沈痛な表情で、その顔に手を当てる。
 それを言ったのは、あくまでシェリルだ。だが、いくら中身が違うとはいえ、顔も体も声も、外側は全てセラなのだ。ティルがそれを受てどうなるかは火を見るよりも明らかなわけで。
「……死にましたか」
「死にましたね」
 今度こそ撃沈したティルを見て興味無さげに呟くライゼスに応え、リュナは小さく十字を切った。
「まぁ、ティルちゃんはほっといて。じゃあ、全然関係ない男に乗り移ってもらうんですか?」
「そんなの却下に決まってるでしょう」
「じゃあやっぱり、なんとかライゼスさんに乗り移ってもらって」
「そ、それも却下です! いや、そもそも」
 一瞬の動揺を隠すように咳払いし、ライゼスはシェリルに向き直った。そもそも、シェリルとセラがひと夏の恋をするには、根本的問題があるだろう。どうして誰もそれを突っ込まないのか不思議に思いながら、相変わらず警戒してこちらを睨むシェリルに声をかける。
「あの、シェリル。今から大事なこと言うんで、聞いて下さいね」
「な、何よ」
 じり、と後退しながら険悪な声を返してくるシェリルに、何度目かわからないため息を挟んで、ライゼスは最初に言おうとしていた言葉を改めて口にした。
「その人、女性ですよ」
「え!?」
 また、シェリルが顔色を変える。
 そして、さっきと全く同じ行動パターンで、今度は自分で自分の(正確にはセラの)体をあちこち触り始めた。
「きゃーーーーーー!? ほんとだ、微かだけど胸がある!!?」
「……」
「……」
「……いいな、俺も触りたい」
 絶句するリュナとライゼスだったが、ティルが起き上がってぼそっと漏らした一言に、ライゼスはその頭を踏みつけるともう一度撃沈させたのだった。