Star Festival2010(キシヒメ番外編:2010年掲載)

「みなさ〜ん! 今日は七夕ですよぉ〜!」

 けたたましい声に、ばぁんと扉が勢いよく開く――ことは、なかった。
 いつものパターンを外れた展開に、いつものように暇を持て余していたセラ、ライゼス、ティルの三人が首をかしげる。誰もがぽかんとして扉の向こうの人物の登場を待っていたのだが、それは一向に訪れず。
「誰かぁ〜、開けて下さい〜。お姉様ぁ〜〜」
 さっきより幾分かテンションが下がった声に、指名されたセラが慌てて扉を開けた。果たしてその向こうにいたのは予想に違わぬ人物で、扉を開けられなかったのは両手が塞がっていたからだということも知る。
「ふぅ。今日は〜、七夕ですよぉ〜!」
 両手に笹と色紙を抱えたリュナが、先ほどと同じセリフをもう一度叫び直す。それを聞いて、セラが「ああ」と声を上げた。
「もうそんな季節なのか」
「あれっ、お姉様は七夕を知ってるんですか?」
 応えたセラに、リュナが意外な声を上げる。セラはこういう行事には疎いし、そもそも七夕というものはランドエバーにはないものだ。張り切って教えるつもりで来たリュナは、思わず拍子抜けして言葉を失くした。
「ていうか、リュナちゃんこそ良く知ってるねえ。リュナちゃんの出身はスティンでしょ?」
「そうですよ。異国の行事だって、ママに聞いたんです。なんだ、ティルちゃんも知ってるんですか」
「ていうかラティンステル東部やファラステルが本場なんだよ」
 ティルに言葉を挟まれ、リュナが我に返る。だが、ティルも知っていると聞いて、リュナのテンションはさらに下がった。――のだが。
「そう言えば、ずっと気になってたんだけど。なんで今夜だと願い事が叶うんだ?」
 セラが何気なく口にした一言に、リュナの表情が一転して輝く。
「って、それは知らないんだ」
「いや、妃殿下はちゃんと謂れも仰っていました――」
「ぅおっほん、おっほん!!」
 突っ込む男二人を黙らせるように、リュナがわざとらしい咳払いを繰り返す。ライゼスとティルが黙ったのを横目で確認すると、リュナは笹を抱え直してふんぞり返った。
「リュナが教えます!! ええとですね、この時期が一番、星が綺麗に見えるのはお姉様も知ってますよね? まるで川みたいに」
「ああ。川みたいだと思ったことはないけど、言われてみれば川みたいだな」
 窓から空を見上げながら、セラが頷く。まだ空は明るくて星は見えないが、前に見た星空を思い浮かべると、確かに寄り集まって奔る星は川のように例えられなくもない。
「その星の川のあっちがわとこっちがわには、恋人同士のお姫様と王子様がいるんですよ。で、そのお姫様達は、普段は川に阻まれて会えないんですけど、毎年1度だけ会うのを許されるんです。それが今夜というわけなんですよ! だから、1年ぶりに会えて幸せな2人が願いを叶えてくれるんです! って、ママが言っていました」
 笹を抱えて、リュナがうっとりとする。
「ね、ロマンチックでしょう、お姉様!!」
 うっとりとした表情のままでそうリュナはセラに詰め寄ったが、リュナの期待に反してセラはうっとりはしていなかった。
「……その姫と王子とやらは、なんで空にいるんだ?」
 腑に落ちない、という顔でセラに問われ、リュナがうっとりの世界から帰ってくる。そして、う、とうめき声を漏らした。
「え……、えーと、なんででしょう。気にしたことなかったです」
「私はすごく気になる」
「う、うーん……」
 ついにリュナは笹を置き、頭を抱えてうずくまった。神話や伝説の類にまじめに突っ込んだところで答えなど出ないだろうにと、ライゼスが小さくため息をつく。
「それに、ロマンチックとも思えないな」
 リュナが頭を上げる気配がないので、セラも嘆息するとそう小さく呟いた。そしてうずくまるリュナを通り越し、ライゼスとティルの方へ視線を向ける。
「なぁ、1年に1度しか会うなって言われたら、2人はどうする?」
 突然セラからそんなことを問われ、意外な人からの意外な問いに、咄嗟には答えが出ない。だが一拍置いて先に口を開いたのはティルだった。
「俺は1年も耐えられないな。多分死ぬ」
「……ラスは?」
「え? うーん……、いやわかりませんけど、待つと思いますよ」
 ティルは小さく肩を竦め、ライゼスに答えを促せば、そんな風に答える。それぞれのやりとりに、考えていたことも忘れてリュナは顔を上げると、紅潮した頬を押さえた。
「お二人とも情熱的ですねえ。愛されてて羨ましいですぅ」
「そうか?」
 だが対照的に、セラは興味無さげに嘆息した。
「勝手に死ぬような男も1年に1度で満足する男も私は願い下げだな。そもそも、誰かの許しを得ないと会えない環境なんかロマンチックか? 私ならそいつを倒して泳いで会いにいくな」
 リュナが落とした短冊を拾って、半眼でセラが呟く。
「そんな軟弱なやつらに叶えてもらうくらいなら、自分で叶えるか」
 ひらりとそれを手放して、颯爽とセラが退室していく。しばし誰も唖然としていたのだが。
「お姉様、かっこよすぎますぅぅぅ!!」
 ツインテールを逆立ててリュナが叫び、どたばたとその後を追って飛び出していく。
 残されたライゼスとティルの間をなんともいえない空気がすり抜けて行き、一番星が出る時間になってもどちらも黙ったまま動かなかったのであった。

 ちなみにその夜は雨で、結局夜になっても星は見えなかったとか。