IN BLOOM番外編:2011年掲載)

 昨日はあんなに満点の星空だったのに、今夜は一転、空は真っ黒だ。昼過ぎから降り始めた雨が本格化して、勢い良く雨粒が窓硝子を叩いてくる。
「今日は星、見えないな」
 真っ暗闇と物悲しい雨の音は気分が滅入る。思わず暗い声を上げてしまうと、珍しく机で書類に向かっていたエドワードが俺の隣まできて、同様に黒い空を見上げた。
「……見えないと、願いは叶わないのか?」
 ふとそんな問いが降ってきて、俺は空を見上げたままのエドワードを見上げた。
「うーん、七夕はそうだけど」
「……そのタナバタというのは結局なんなんだ」
 昨日と同じ質問をされて、俺は昨日と同じように唸った。あのときは俺の説明が下手なせいで、エドワードは理解を放棄してしまったのだけれど、やはり気になるらしい。興味津津の目を見て、もう一度俺はうまい説明を考え直す。
「えーと……まぁ、伝説みたいなもんだけど。星の川に阻まれてる恋人同士がいて、でも年に一回だけ川を渡って会えるんだよ。その日に願い事をすると叶うんだけど、雨が降ると会えなくなるから願いが叶わなくなるんだ」
 かなり大幅に端折ったけれど、俺もそう詳しく知ってるわけじゃないからこれ以上はどうにもならない。これで全く解らないと言われたらどうしようかと思ったが、エドワードはふむ、と頷いた。
「切ない伝説だな。……なら、やはり昨日の願いは叶わないか」
「え? いやこれ七夕じゃないし……」
 そんな俺の言葉は聞こえていないようで、エドワードはまた机に戻って行く。願いが叶わない、という結論を出したにしては、妙に嬉しそうな顔をして。
「……そんなに俺の身長は絶望的なわけ?」
「咲良はそのままで十分可愛いよ。……そっちじゃない」
 だから、可愛いのが嫌なんだってことは解ってくれないのかなこの人は。
 そっちに気を取られてしまった俺は、そのあとに小さく続いた言葉を聞き逃してしまっていた。
「年に一回しか会えぬのが辛いならば、永久の別れは尚だろう」
「そりゃそうだろうけど、何の話だよ?」
 脈絡のない彼女の言葉に疑問の声を上げると、エドワードは顔を上げて曖昧に笑った。そういえば、エドワードの願いってなんだったっけ。結局自分の願い事は言っていなかった気がするけど……
「咲良」
「うん?」
「まだ眠らないのか?」
「あ、うん。エドワード、まだ起きてるんだろ?」
 エドワードは答えなかったけれど、手にしていた書類をまとめてトンと机に打ちつけた。
「……今日のような星が出ていない夜は、怖いといって、昔ライがよく私の部屋に来た」
「べ、別に怖いからじゃないよ?」
 含みのある声に、慌てて反論する。いや焦ったらほんとに怖いみたいだけど、俺が怖いのは闇夜ではなく、悪戯っぽい彼女の笑顔だ。くすっと、例の笑みを浮かべて彼女は言葉を続ける。
「怖いなら一緒に寝るか?」
「おッ、おやすみ!!」
 彼女にいいように遊ばれる前に、俺は部屋のすみっこで毛布を被った。その上から、くすくす笑うエドワードの声が聞こえてくる。
 星が出ていてもいなくても変わらない、そんないつもの夜。