9.投獄ともうひとつの再会
牢獄。冷たくも虚しい、その場所。そこに入った経験などない。願わくば、これからも未経験であって欲しかった。
「……予想外だ。まあ、問答無用で殺されるよりずっといいが」
鉄格子に辟易しながら、エスティがくさる。
「まさか、エインシェンティアとはね」
「まあ、セルティの属国だからな。あっても不思議じゃないさ」
肩をすくめたリューンに対し、エスティは最初から予想していたような台詞を口にのぼらせた。実のところ、それで、反乱に協力したという面も大きかったのだ。
「……こんなところで捕まっている暇はないのに」
アルフェスが溜め息をつきながらぼやく。彼が焦るのはミルディンのことが心配なのだろうが、彼の言葉にはエスティも同感だった。
「そうだな。……捕まったルクテ達や、王都の民も心配だ」
ここにいては、外の状況が何もわからない。
「とにかく早く脱出しないと」
「簡単に言うけどよ……」
はやるエスティに、だがルオはうんざりした顔で辺りを見回した。
遥か高い天井付近に、明り採りの窓がひとつ。しかもご丁寧に鉄格子付きだ。鉄格子は太く、がっしりとしていて、手さえ通らない。ということは、鍵開けを試みることもできない。壁は相当に分厚く、ルオの腕を以ってしても破れない。武器はもちろん没収されている。おまけに、精霊の気配がまったく無く、精霊魔法を使うこともできなかった――もっとも、近くに制御の弱まったエインシェンティアがあるというのに、魔力干渉がおこる可能性がある精霊魔法など使わないが。
「こりゃもうお手上げだぜ」
言い捨て、ルオは大きく伸びをすると壁に寄りかかった。程なくして、豪快ないびきが牢獄内に響き渡る。
「どうゆう神経してんだ、このおっさんは」
エスティが眠りこけるルオを見て、半眼で呻く。が、肩の辺りでも規則正しい寝息が聞こえて絶句した。
「おい。リューン」
リューンまでが、エスティに寄りかかって眠っている。名を呼んでも起きる気配はない。
「まさか睡眠ガス? それとも眠りの魔法か……?」
「っていうか、もう夜遅いだけだと思うんだが」
顔色を変えてひとり盛り上がるエスティに、アルフェスは冷静に突っ込んだ。
「それに、昨日シレアを待ってたりして、ろくに寝てなかっただろ?」
「……そーだな。そういえば、オレも眠いや」
アルフェスの言葉に、昨日全く寝ていなかったことを思い出すと、急に気だるくなってきた。伸びをすると、急激に睡魔が襲ってくる。
「そういえば……シレア、遅いな。まあ、そのお蔭でシレアは捕まらずに済んだけど」
シレアの機動力ならば、もうとっくにスティンに着いていてもおかしくない筈だ。
「あいつ……1人で、無茶してなきゃ……いいけど……」
言いつつ、エスティもまた眠りの渦に落ちていく。眠る三人を見てアルフェスは溜め息をついたが、何もできることがないのなら、休めるときに休んでおいた方がいいだろう。アルフェスもやがて、目を伏せた。
「……?」
かすかな物音が、聞こえた気がする――
とにかく、まどろみかけたアルフェスは急速に現実に引き戻された。周りを見るが、エスティも、ルオも、リューンさえ、熟睡していて起きた気配はない。
(気の所為……か?)
三人を起こさぬよう、そっと立ち上がり、鉄格子の隙間から辺りを窺ってみる。そこで彼は、信じられないものを見た。
(幻覚か?)
そんなにはっきりとした幻覚があり得ない以上に、“彼女”がここにいる事実の方がアルフェスにとってはあり得ないことで、思わず自問する。だがアルフェスが声を出せないでいる間に、向こうはこちらに気付く。
「アルフェス!」
ぱぁっと顔を輝かせて走りよってきたのは、フェア・ブロンドにセルリアン・ブルーの瞳をした、彼のよく見知った少女だった。
「ひ、姫!? どうしてこんなところに……ッ!」
やはり幻覚ではないようだ。思わず叫びかけたが、気配を感じて声を潜める。
「……見回りだ。姫、とにかく早くここから逃げて……」
だが、ミルディンは動揺するでも慌てるでもなく、すっと腕を横に伸ばした。そして、鋭く囁く。
『“我が御名において、時空の扉より来たれ。ラルトフェルテデス”』
一瞬、ミルディンの腕の辺りの空間がぐにゃりと歪んだ。そして閃光と共に、白銀の竜が彼女の腕に現れ、アルフェスは息を呑んだ。サイズは随分と違うが、確かに、あの神竜の聖域で見たドラゴンだ。
「ラト、お願いね」
彼女の言葉に、神竜はミルディンの腕をふわりと離れ、奥に向かって飛ぶ。そして数秒も立たぬうちに戻ってくると、彼女の肩にちょこんと止まった。
「眠らせてきた。暫くは大丈夫だろう」
「ありがとう」
ミルディンがにこっと笑うと、再び閃光と共に神竜の姿が消える。
「ミルディン王女!?」
今のやりとりでさすがに目が覚めたのか、エスティが素っ頓狂な声を上げた。そして、その声にリューンとルオも起き上がる。
「なんで、ここに王女が?」
思わずアルフェスの方を見るが、「僕が聞きたい」、つっけんどんに返された。
「話は後で。シレアも来ているの。とにかく、ここを出ましょう」
ミルディンは、マントの内側を探ると鍵束を取り出し、にっこりと微笑った。