4.狙われた姫と民の決断
短いブロンドに、切れ長のアイスグリーンの瞳。白軍服を纏ったその青年は、エスティ達のよく見知った人物だった。「アルフェス！どうしてここに……」
驚いた表情をそのままに、エスティが彼の名を叫ぶ。
ランドエバーの英雄、“
「どうしてって……それは僕も是非聞きたいよ。でも、とりあえず入って」
エスティ達が中に入るのを見、アルフェスが素早く扉を閉めた――そのとき。
「誰ッ」
先刻のアルフェスと同じ台詞を、奥から出てきた女性がさけぶ。薄い茶色の髪をおさげにした、気の強そうな娘だ。警戒心をむき出しにした彼女は、だが入ってきた面々を見ると「あっ」と小さな叫び声をあげた。
「ルオ！」
名を呼ばれ、ルオも片手を上げて応える。
「よお、ルクテ。元気だったか」
「元気かって……。セルティに占領されてからちっとも顔見せないんだもの。貴方のほうが、死んじゃったのかと思ったわ」
幾分か警戒の色を薄めて、ルクテがズケズケと言う。
「勝手に殺すなよ。こいつらが俺の今の雇い主さ。セルティとは関係ないから心配ないぜ。エスティ、こいつはルクテっつって、この宿の娘だ」
彼女の言い様に苦笑しながら、ルオが互いに互いを簡単に紹介した。よほどルオに信用があるのか、ルクテから警戒の色が完全に消える。
「そうだったの。……まあいいわ、それより久しぶりね、ルオ。戻ってきてくれて嬉しいわ。話したいことがあるの。皆もいるのよ、奥に来てくれる？」
返事を待たずに、ルクテがルオの腕を引っ張る。引きずられるように奥へと消えていくルオを見送ると、食堂にはエスティ、リューン、シレア、そしてアルフェスの四人が取り残された。
「……で、だ。さっきも聞いたが何でお前がここにいるんだ？ ミルディン王女は？」
早速エスティに矢継ぎ早に質問を浴びせられかけて、アルフェスは少し困った様な顔をした。だが、とりあえず彼はエスティ達を食堂の方へ連れて行くと、椅子をすすめる。彼らが腰を下ろすのを見て、アルフェスもまた椅子に座った。
「実は、姫の命が狙われたんだ」
「えっ！？」
思わずシレアが立ち上がる。危惧していたことが現実になったことがわかり、彼女は青ざめた。シレアにとってミルディンは大切な友達だ。命を狙われたと聞けば憤慨もする。
「大丈夫、姫にお怪我はなかった」
慌ててアルフェスがシレアを制し、そう付け加える。とりあえずシレアが落ち着き再び椅子に座ると、今度はエスティが鋭い声をあげた。
「だったら、尚のこと王女の側にいるべきだろ。こんなとこで何してんだ」
辛口なエスティに、アルフェスは少しうなだれた。
「僕も、そうしたいのは山々だ。だが――」
彼は一度言葉を止めると、席を立った。そして食堂の隅に立てかけてあった、一振りの剣を手に取ると、それをエスティに差し出す。
「姫を襲ったヤツのものだ」
剣を渡され、エスティはしばしそれをためつすがめつしていたが、やがてその柄の部分に細かく彫られた文様に気付いて、低く唸った。
「これは――スティン王家の家紋だな」
その言葉に、リューンの表情にも驚愕がやどる。
「どうして、スティン王家がミラを……？」
不安を隠せない表情でシレアが震える声を紡ぐ。
「それを問いただす為に、スティンへと使者を送ったが、消息を絶ってしまった……その繰り返しに元老院も業を煮やしたんだろう、僕に直接依頼してきたってワケさ」
アルフェスが短く息を吐く。彼は王家直属の騎士であり、本来は元老院の命で動くものではないが、王家がミルディン王女を残して絶えた今、現在執政の中枢となっているのは元老院である。その元老院の頼みでは無碍に断るわけにもいかない。また、業を煮やしていたのは彼も同じだったのだろう。
「帝国領となった今では、姫はスティンというよりセルティに狙われていると言うことかもしれない。だがどうしてわざわざスティンなのかがわからない。推察するにもスティンという国に関する正確な情報はまるでないんだ。エスティ、君はスティン国王が生きていることを知っていたかい？」
声を潜めながら問うアルフェスに、エスティは一瞬答を迷った。椅子をゆらしながら曖昧な口調で答える。
「ああ。……いや。道中耳にしただけで、知らないも同然かもな。オレも正直驚いてる」
静かな食堂に、エスティがゆらす椅子の軋む音が響く。
入ることは簡単だが、出ることは難しい――それが、セルティ領スティンという国だ。出国しようとして殺された者も多い故、閉鎖的であり、内部で何が起こっているのかは知る由もなかった。
「だが、王女が狙われたのは十中八九エインシェンティアの“
「ああ……それは有り難いんだが」
「――反乱だぁ！？ そんな無茶はやめろ！ 全員殺されるぞ！！」
言い憎そうに呟いたアルフェスの声を、ルオの叫びが遮った。その不穏な内容に、エスティが表情を険しくする。立ち上がって奥へ向かうエスティに、小さな溜め息をつきながらアルフェスも続き、カウンター横の奥へ続く扉を開ける。
そこには街の人であろう数人の大人と、険しい顔をしたルオと、そして同じような表情のルクテがいて、彼女はこちらを見もせずに嘆息した。「……声が大きいわ、ルオ」、そして、こちらへと、鋭い視線を投げかける。
「ごめんなさい。聞かれてしまった以上、ここを出てもらうわけにはいかないの。悪いけど、そこの騎士様と一緒に、計画が終わるまでこの宿にとどまってもらうわ。そう長い間じゃないから」
「……」
無言でエスティがアルフェスを見る。肩をすくめた彼を見て、エスティはアルフェスがここで手をこまねいている訳を解したのだった。