眩しい朝日と、せわしい鳥のさえずりが、あたしを眠りの世界から引っ張り出す。
 いつも通りの朝に感謝しながら、あたしは狭いベッドから身を起こす。

 こうして日常を過ごしていると、あの日のできごとが全部夢みたいに思えてくる。
 突然国王様に求婚されて国のごたごたに巻き込まれるっていう、田舎娘に似つかわしくない大騒動は、もう幕を下ろしていた。

 結局あたしは利用されただけだった。

 内乱の気配を感じていたレオンは、あたしを妃に迎えるということで、わざとそれを誘発させたのだ。
 国王が結婚となれば城も街も浮足立つ。王妃の警護に人員が割かれる。エンネは嫉妬で暴れる。何より、レオンに『愛する者』という弱点ができる。
 レオンの思惑通り、まんまとフラムフィールドさんは好機とばかりにことを起こした。
 でも、こんな罠のために貴族の令嬢や隣国の姫などを巻き込む訳にはいかない。そして、あの捻くれ屋のレオンが突然まともな妃を迎えようものなら、逆に怪しまれるかもしれない。
 そんなところにあたしの見合い写真を見つけ、レオンはきっとほくそ笑んだことだろう。

 田舎娘なら、どんな扱いをしても、最悪死んでも、国に影響はないから。

 わざわざあたしを迎えに行くのに城を空けたのも、敵に準備をさせるため。
 遠乗りに誘ったのも、平野に敷かれた軍を確認するため。
 レオンがすることは一見奔放で型破りに見えて、全て計算ずくだった。

 それを全てレオンの口から告げられたその日、あたしは止めるニナやヴェイルさんを振り切って城を出た。

 
 本当に馬鹿みたいだった。
 本当に王妃になれるなんて、一度も思ったことなかったのに、ショックだった。
 どんないきさつであれ、体よく利用されて気分がいい人間なんていない。

 でも悲しいことばかりじゃなかった。
 数日ぶりに家に帰ると、家族がみんな泣きながらあたしに飛びついてきた。
 小さな村の暮らしでいいから、貧乏でいいから、あたしにここにいて欲しいって弟や妹が口ぐちに言ってわんわん泣いて。
 城を出てから道中、一滴も流れなかった涙が、ここに来て溢れて溢れて止まらなかった。
 あたしの居場所はここなんだって、心から思った。
 こんなことでもなければ、こんなに強く家族のきずなを感じて、今に感謝することはなかっただろう。
 だからあたしは、レオンを恨むのはやめて、全てをふっ切ることにした。
 

   今日も盛り盛りの洗濯カゴを持って、あたしは外に出ると、おしりで玄関の扉を閉める。
 その度に、あたしはレオンがやってきたあの日を思い出す。
 しばらくはその度に胸がちくりと痛んだけれど、今はもうその痛みもない。

「さーて、お洗濯がんばるぞー!」

 気合を入れるように叫んだあたしの声は、がらがらという馬車の音に掻き消された。

 デジャヴを覚えて目眩がした。まだこれは夢の中?
 通り過ぎてくれと祈るあたしを嘲笑うかのように、豪華な馬車はあたしの目の前で止まって。

「会いたかったよ、我が姫」

 別人であってくれと願うあたしの目の前で、キラキラの銀髪を輝かせ、金の瞳を嬉しそうに細めて、レオンが笑った。

「な……なんで? もうあたしにこだわる理由はないでしょ? また内乱でも起きたわけ?」
「ああ、そうだ。もう貴女にこだわる理由はない。だから来た」

 意味がわからない。

「俺は今まで、自分が納得行く理由においてしか行動したことがなかった。だが、もう貴女を手元に置く理由がないのに、それでも俺は貴女を忘れられない。確かに貴女に会おうと思ったきっかけは都合がいいと思ったからだ。だが傍に居て欲しいという自分の気持ちの理由は、いくら考えてもわからなかった」
「利用して、よくそんなことが言えるわ」
「信じて貰えないだろうが、貴女を危険な目に合わせるつもりはなかった。攫われたと聞いたときは、俺の命を捨てても取り戻す覚悟で出向いた」
「ええ、信じられないわ」
「……わかっている」

 即答すると、レオンは少し寂しそうに項垂れた。
 そんな顔見せられたって、信じない。あのとき、傷ついた顔をされてそれをずっと気にしていた自分を、本当に馬鹿だって思ったから。

「だから包み隠さず、貴女を迎えにきた理由を話した。大事なら村に帰せというので帰した」
「だったら、このまま静かに暮させて」
「ああ。確か一日三回パンとスープが食べられて、好きな者に傍で名前を呼んで欲しい――だったな?」

 レオンのそんな台詞は何が言いたいのかわからず、あたしは困惑して彼を見上げた。
 確かに、前にそう言ったことはある。それは覚えているから、戸惑いながらも頷くけれど。
 
 するとレオンはあたしの手を取り、恭しく頭を下げた。

「その望みを俺が叶えよう。だから、俺と結婚してくれ。――ラナ。俺の姫」
 熱のこもった目で見上げられて。
 歌うように名前を呼ばれて。

 体中の血液が、顔に集結する。

 目を見て名前を呼んだら、溺れてしまいそうだから。

 こんなときに――レイシェ様の声がありありと蘇って、あたしは取り乱しながら叫んだ。

「待って……ちょっと待って! あたしは、この村で過ごしたいって――」
「ああ。だから身分は捨ててきた。なに、もともとエンネが国を治めていたんだから問題ない。考えてみれば女性だから王になれないなどおかしな話だ。適正がある者がすればいい」
「そんな、滅茶苦茶な……! あなたって……! 本当に……!」

 ああ。駄目だ。言葉にならない。

 あたしの為に全部捨ててきたって?
 あの大きな城も、贅沢な暮らしも、きらきらの服も、王様の身分も。
 こんな田舎娘の為に要らないですって?

 ――そんな嘘みたいな話、あるわけがない。




 あたし、騙されませんッ!    



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