「な……何故ここに!」

 凍りついたような時間が、悲鳴じみた叫び声によって動き出す。
 レオンは優雅に馬車を降りると、余裕たっぷりの笑みを浮かべて肩をすくめた。

「何故もなにも、遠乗りに出てみたら大軍が見えたものでね。密偵を放っておいたんだよ。せっかくここまで準備したのに、残念だったな。フラムフィールド卿」
「お前が飼っている鼠なら、捕えて始末した筈だ!」
「ほう、なら卿の後ろにいるのは誰だろうな」

 レオンの言葉に、あたしもレイシェ様も、もちろんレイシェ様のお父さんも、ばっと後ろを振り返る。
 すると、兵隊の一人が兜を外して放った。がしゃん、と兜が地面を打つと同時に、レイシェ様のお父さんが「ひぃ」と悲鳴を上げて、さっきのあたしよろしく尻もちをつく。

「ヴェイルさん!」

 兜の下から現れた人物の名を呼ぶと、彼はすたすたとこちらへ歩いてきてあたしを抱き上げ、呆然とするレイシェ様親子の間を横切ってレオンの傍まで歩いていく。

「何故俺がヴェイルを側近にしていると思う」

 それを見届けて、レオンが不敵に笑った。
 もちろん、答えられるものは誰もいなくて、レオンの朗々とした声だけがあたりに響く。

「こいつは三度俺の命を狙った。何度俺が返り討ちにしてもまた命を狙ってくるんだよ。こんなにしぶとい男を他に見たことがなくてね、三度目、俺は嬉々として俺の側近になれと言ったんだ。俺を護る者に死なれては寝覚めが悪い。だから俺は決めていたんだ――俺を護る者は不死身と呼ばれるくらいの者がいいとね。そんな俺の側近が、卿ごときにやられはしまいよ」

「……こんなところでのうのうと油を売っていてもいいのか、エルレオン。平野の軍に気付いているなら騎士団はそちらだろう。今頃空っぽの城がどうなっているか――」

 そういえば、城にも手下がいるって言ってたっけ。
 あたしは焦ってレオンを見たが、レオンは涼しい顔をしていた。不思議に思ってその横顔を見つめていると、フラムフィールドさんの言葉の終わりを掻き消して、城からドーンと激しい音が聞こえてくる。

「残念。城に残ったのが一番凶暴だ」

 ……この音、聞き覚えがある。
 レオンのその言い様から、確信した。エンネだ。エンネがまた、大砲をぶっ放してる。

「さて。また妹が城を派手に壊してしまいそうだが、幸い人手も金もたんとここにある。素直にばら撒かれた金を出して城の復旧に尽力すれば、特別に咎めはなしとしようじゃないか」

 ばっと手を翳しながらレオンがそう言うと、困惑していた兵隊たちからざわざわと声が上がる。
 フラムフィールドさんはそれを見て慌てて立ち上がり、そんな兵たちを叱咤した。

「おじけづくな! これは好機じゃないか! エルレオンさえ討ってしまえば我らの悲願は達成できる。見よ! そのエルレオンがのこのこと一人でやってきたんだぞ!」
「三人だ」

 すかさずレオンが訂正する。
 怪訝な顔をしたのは、フラムフィールドさんだけじゃない。あたしも、レイシェ様もだ。
 だって、あたしは戦えないから問題外。でもあたしを除外すると、こちらにはレオンとヴェイルさんしかいない。もしかして御者のおじさん? とレオンが乗ってきた馬車を振り返るが、そうではなかった。

「レイシェ」

 レオンの静かな声に、レイシェ様の体がびくりと強張った。

「お前はこちら側だ」

 一方的な断定に、レイシェ様の顔が暗い笑顔を刻んだ。

「……僕を王都から追放したのに?」
「何を言っている? フラムフィールドは王都から遠く、情勢がわかりにくい上に敵国と近い。エンネには散々反対されたが、あのような政治的に問題のある場所を任せられるほど俺が信を置ける相手は、お前しかいない」
「――なら、どうして! どうして最初からそれを言ってくれなかった!」

 王都から追放した、というレイシェ様の言葉を、レオンが真っ向から否定する。造作もなく告げられたそんな言葉に、レイシェ様の顔から暗い笑顔はみるみる消えた。
 そして代わりに悲痛な声が残る。そこで初めて、レオンも笑みを消す。

「すまなかった。言わなくともわかると、俺は慢心していたようだ」

 レオンの詫びに、がくりとレイシェ様が膝を落とした。
 良かった。和解できて。
 ――良かったね、レイシェ様。レオンは、ちゃんと、レイシェ様を一番大事な友達だって思ってたよ。

 ほっとしておもわず涙ぐんでいると、レオンがしゃん、と剣を抜いて一歩前へと進んだ。

「まあ、その程度の数、俺一人でも問題はないのだけれどね」

 そううそぶくレオンに切りかかっていく兵は、誰ひとりとしていなかった。  



BACK / TOP / NEXT

Copyright (C) 2012 kouh, All rights reserved.