お迎えに上がりました、我が姫。

 あのときのレオンの声が、何度も頭をまわる。
 
 もう惑わせないで欲しかった。
 村に帰って、いつもの生活に戻りたかった。
 楽をしたいとか、お金が欲しいとか、綺麗な服が着たいとかもう思わないから、先がわからない不安から解放されて、家族の傍で、パンとスープが食べられればそれで良かった。

 ――でも、こんなことを望んだわけじゃない。
 

 ざっくざっくと、兵隊たちが列をなして歩いてくる。それにさきがけて、レイシェ様のお父さんがあたしの腕を捕まえた。

「さあ、来い。お前には餌になってもらわねばならん」
「……嫌! 離してよ!」

 あたしは必死でその腕を振り払おうとしながら、レイシェ様に訴えた。

「こんなのやめて、レイシェ様!」
「……もう遅いですよ。それに、見たくないの? レオンがどうするか」
「見たくない! レオンに裏切られるのも、レオンがあたしの為に困るのも、あたしはどっちも嫌! こんな方法で知りたくない!」
「僕は……知りたいんです」

 俯いたレイシェ様がぽつりと呟く。
 でもあたしにはわかった。レイシェ様だって、本当はこんなこと望んでないって。
 でもレオンへのわだかまりを解けなくて、お父さんを止めることができなかったんだって。
 だって――そんなに人の心を知りたいってことは。

「レイシェ様、本当はレオンが好きなんでしょう? 友達でいたいんでしょう!? だったら、こんなことしたら絶対後悔します!!」

 レイシェ様が顔を上げて、翠の瞳があたしを貫く。
 レイシェ様だけじゃない。ニナも、ヴェイルさんも、ユラハさんも。
 みんなレオンに手を焼きながら、彼の傍を離れない。あたしと同じように疑心暗鬼になっていたニナを手放さないし、剣を向けられてもヴェイルさんを罰しないし、横柄だの言われてもユラハさんを咎めない。
 今更気付いた。それは強い信頼関係がないと駄目だって。
 
 レオンがありがとうって言われないのは――ただ単に、今更そんな必要がないからなんだ。
 そのかわりに、みんながレオンを慕って彼の周りにいる。どんなに彼が型破りなことをしても、苦笑ひとつで許しながら、当たり前のように。

「レイシェ様のお父さんも、もうやめて下さい。レオンは無能なんかじゃない。ヴェルハイムはずっと平和だった。もし王様が本当に無能なら、あんな変なことばっかりしてて国が平和なわけないわ。エンネも、ヴェイルもユラハさんもニナもレイシェ様も、みんなみんなレオンが好きだから頑張ってるの。それって王様として何より必要な才能だと思う!!」
「何を言ってるのだ、この小娘は!」

 つかまれた腕に縋りついて叫ぶと、一喝して振り払われる。その勢いが凄かったので、あたしは尻もちをついてしまった。
 どうしよう。あたしじゃ止められない。
 一縷の望みをかけてレイシェ様を見上げるが、迷うように俯いて、レイシェ様も動かない。

 誰か。――誰か助けて。

 そう、心の中で叫んだときだった。

「俺の姫に何をする」

 突然、すごいスピードでやってきた馬車があたし達の前に止まって、不遜な声が降ってきた。

 そして、とてもとても聞き覚えのある声で、彼はこう言ったんだ。

「お迎えに上がりました。我が姫」



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