馬車を降りると、そこは立派なお屋敷の前だった。
 お城に比べたらずっと小さいけれど、先にこちらに連れてこられれば、あたしはこのお屋敷をお城だと思いこんだだろう。
 大きな門の先には青々とした芝生が広がり、勢い良く水を噴き出す噴水も見える。でもその広いお庭には、物々しい装備の兵隊さん達がたくさん、列を成していた。

「どうぞ」

 レイシェ様が馬車を降りて、あたしに向かって手を差し出す。少し迷ったけれど、あたしは素直にその手を取って馬車を降りた。

「戻ったか、レイシェント!」

 馬車を降りるなり、野太い声がレイシェ様を呼ぶ。そちらに目を向けると、派手な服のおじさんが、いやらしい笑みを浮かべながらこちらに歩いてきた。
 レオンも大概派手だけど、それに比べるとこのおじさんはずいぶん下品だ。じゃらじゃらとこれでもかという程つけた装飾品も悪趣味以外の何物でもない。それを外して、もっとこざっぱりした服を着て、にやにや笑いをやめれば魅力的なオジサマっぽいのに勿体ない。
 と失礼なことを考えていると、いきなりあたしはそのおじさんにグイっと顎を掴まれた。

「この娘がエルレオンの妃か」
「義父上、女性に手荒なことはおやめ下さい」

 値踏みするようにじろじろと見られてあたしが顔をしかめると、レイシェ様がおじさんの手を掴んであたしから引き離してくれた。
 そして、レイシェ様の言葉で、この人がレイシェ様が言っていた義理のお父さんだってことを知る。

「ふん。泥臭い田舎娘だ。エルレオンには似合いだな」

 泥臭い田舎娘なのは事実だから否定できないけど、それがあのキラキラなレオンとお似合いなんて。
 世の中にはまあ、さまざまな価値観の人がいるものだ。などと、感心している場合ではなかった。

「さて、役者は揃った。これでようやくあのふざけた国王を、玉座から引き下ろせるというものだ」

 大きな声で高笑いするレイシェ様のお父さんを見て、嫌な予感が胸に広がる。
 もやもやした気持ちをおさえきれなくなって、あたしはレイシェ様に詰めよっていた。

「レイシェ様、これから何が起こるんですか? あたしはどうなるんですか?」
「……城を攻め落とすんですよ。既に裏の平野には布陣が敷かれています」

 そんな恐ろしいことを淡々というレイシェ様に、あたしは背筋が凍った。

「それだけじゃないぞ。城にもワシの息のかかったものを忍ばせている。そして今からワシはこの兵を率い、お前を連れて、レオンに投降を呼びかけるのだ。ああ、このときをどんなに待ったことか!」
「あたしを人質にしようっていうつもりなら、それは無理よ。レオンがあたしの為に、危険を冒したりあなたに従ったりする筈ない!」

 おじさんが両手を広げ、空を仰いで感極まったように叫びながら、兵隊たちの方へと戻って行く。
 それを聞いて、あたしはその背中にそう教えてやった。

 あの傲慢なレオンが。あの尊大なレオンが。
 たとえ貴族の大令嬢のためであっても、頭なんか下げるわけない。
 まして、あたしのような田舎娘の為に。
 貧相だからと名前すら呼ばない相手のために。
 ……あたしのために、自分の地位を脅かす者に屈したりするわけがない。

「僕はそうは思いません」

 けれど、あたしのそんな言葉を、そんな考えを、レイシェ様の静かな一言が否定した。

「僕は、レオンは従うと思います」
「……どうして?」
「貴女を愛しているからですよ」
「そんな訳ないって言ったでしょう!? 一国の王様が、田舎娘なんか相手にするわけないじゃない!」
「レオンは田舎娘どころか、隣国の姫も名門貴族の令嬢も、今まで相手にしたことはありませんよ。他人に対してあそこまで執着するレオンを僕は今まで見たことがない。貴女が羨ましいくらいです」

 悪い冗談だと思った。でも、レイシェ様の目は真剣で、嘘をついているようには見えない。
 ……ううん、でも、レイシェ様は嘘つきだもの。
 そう思いながら、頭の中では二度とあたしに嘘をつかないと言ったレイシェ様の声が蘇る。
 それを振り払うように、あたしは否定の言葉を続けた。

「でも、だって、未だにあたしの名前も呼んでくれないのよ!? 好きな人の名前を貧相だなんてけなす人がいるわけ――」

 そう叫ぶと、レイシェ様がくすっと笑った。
 なんで笑うのかわからなくて、思わず言葉を止めてしまう。
 そんなあたしを可笑しそうに眺めながら、レイシェ様が口を開く。

「教えてあげましょうか? どうしてレオンが貴女の名前を呼ばないのか」

 ぐっとあたしは言葉に詰まった。
 貧相だから。彼が自分でそう言った。他にどんな理由があるのか。
 あるわけない。
 あたしはそう答を断定したけど、あたしの返事に関係なく、レイシェ様はあたしの耳元に口を近づけると、笑い混じりに囁いた。

「……恥ずかしいからですよ。貴女が愛しくて、貴女の目を見て貴女の名前を呼ぶと溺れてしまいそうで怖いんだって、そう言っていました」
「――嘘! レオンがそんなこと言うわけが」
「ですよね、僕も聞いたとき自分の耳を疑いました。あのレオンがですよ? 大爆笑です」

 言いながら、実際にレイシェ様は声を上げて笑った。

「それにしても貧相だなどと、レオンも随分失礼なことを言ったものです。けれど、とくに何も感じていないのに可愛らしい名前などとお世辞を言う僕よりは、よほど真摯ですよ」

 レイシェ様に名前を褒められてドキドキしていたことを思い出し、あたしはかっと恥ずかしさに顔が熱くなった。

 あたしは、レオンが現れたときからずっと騙されまいと意固地になってきた。
 でも現実はどうだろう。
 簡単にレイシェ様の甘い言葉に落ちて、優しい笑顔を信じている。
 なら、あたしが信じまいとしていることこそ、真実なのだろうか?

「……でも、でもやっぱりそんなこと信じられない!」
「ええ、貴女が信じられないのも無理はないと思います。だから、確かめてみればいいと言っているんですよ。自分の目で」

 すっとレイシェ様の目が細まり、笑顔が消える。その視線が移った方を見ると、レイシェ様のお父さんの指揮で、兵隊たちが動き出していた。    



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