部屋に戻って一人になったら思い切り泣こう――と思っていたのに。
 ユラハさんは私と一緒に部屋に入ってきて、出て行ってくれない。

「あのぉ……ユラハさん?」
「何だ」
「何というか……あの……」
「用がないなら話かけるな」

 ヴェイルさんも無表情で言葉が少ないタイプだけど、こうして話してみるとユラハさんはさらに取りつく島もない。おまけに、言外の言葉を察するという技も持ってはいないようだ。

「えっと、ずっとここにいるんですか?」
「オレはヴェイルのようにこそこそ立ち回るのは得手ではない」
「は、はあ……」
「安心しろ。オレはお前に興味なんかない」

 うん。それはそうだろうけど、その言い方は女性に対してあんまりじゃなかろうか。
 それに、別にあたしもそんな心配をしているわけじゃない。四六時中監視されてるみたいなのが嫌なのである。
 でもユラハさんは、縛って監禁しとけって言ってたくらいだから、これでも甘いくらいなんだろうな。
 
 泣けなくなっちゃった。

 そんな気分でもなくなって、あたしの口からはやたら溜め息ばかり零れる。
 部屋への帰り道に話題がなくても気にならないが、さすがに部屋で二人でいて沈黙ばかりは気まずい。
 ニナ、早く来てくれないかな。そう思って扉をちらちら見るけど、さっき昼食が終わったばかりだ。下手したら夕飯まで来てくれないかもしれない。

「ユラハさん」

 ついに静寂に耐えきれなくなって、あたしはユラハさんに声をかけてみた。

「何だ」
「陛下から聞いたんですけど、ユラハさんって『剣の民』なんですよね?」
「そうだ」
「『剣の民』って、いろんなところを旅したりしてるんですよね。どんなところに行ったんですか?」
「それを聞いてどうする」

 つっけんどんに言われて、う、と言葉に詰まる。どうするわけでもなく、ただ沈黙が気まずかったんだけど。
 でも、村以外のことを何も知らないあたしは、外の世界に興味がある。きっとレオンに突然連れ去られたりしなきゃ、死ぬまで知ることも知る機会もなかっただろう、村の外のこと。
 この都ですら、何もかもが珍しい。国の外なんて、想像することもできない未知の世界だ。そこにはどんなものがあるのか、もしユラハさんが知っているなら聞いてみたい。その気持ちも本当だ。

「……どうする、っていうわけじゃないですけど。あたしは村から出たことないから、外の世界ってどんなものか気になって」
「どんなものと言われても、同じだ。国があって人がいて生活している」

 うわーおおざっぱー……。
 話し上手なレイシェ様とは大違いだ。でも、ユラハさんの場合話すのが苦手というよりめんどくさいって感じがするなぁ。
 剣の民って、やっぱり剣のこと以外はどうでもいいんだろうか。

「ユラハさんにとって珍しいことじゃなくてもいいです。ユラハさんが見たものとか、家族のこととか、話してくれるなら聞いてみたいです」

 あたしにしてみれば、たとえば同じ生きてるにしてもあたしとレオンじゃ全く違う。
 そう、住む世界も見てる場所も違う。
 
 ――そう思って、はっとした。

 ユラハさんにとっては、それも同じ、なんだろうか。
 ユラハさんが、あたしを寵妃だろうが妾だろうが関係ないって言ったのは、あたしの身分が低いっていう意味じゃなくて、むしろ逆で――身分や生活によって人を区分けしないってことだったの……かな。
 なんだか、そんな気がする。だって確かに、人が生きてるって表現で括ったら、村娘も王様も……同じだもの。
 ユラハさんもなかなか返事をくれないので、あたしはうなだれて考え込んでしまった。
 
 レオンはどういう風に思っているんだろう。どんな風にあたしを見てるんだろう。

 ――あたし、最近そんなことばかり考えてる。

「……オレが生まれたのは、ここからずっと南のユイーチェルという国だ。ヴェルハイムほど大きくはないが、豊かで活気がある場所だった。そこで六歳まで過ごした」

 ふと突然、ユラハさんの声が降ってくる。
 はっとして顔をあげると、ユラハさんの青い瞳と視線がぶつかった。

「物心着く前から、剣の民として鍛錬をつんできた。剣に触れていないときでも、常に自分を鍛えるように生活する。たとえば、水汲み、薪割り、そんなことでも意識してやれば訓練になる――こんな話聞いて面白いか?」

 つらつらと語るユラハさんの声に耳を傾けていると、突然そんなことを問いかけられる。
 あたしは剣なんて触ったこともないから、鍛錬どうこうと言われてもピンとこないけど。

「面白いです。あたしも水汲みや薪割りは毎日のようにやったけど、それが訓練になるなんて考えたことなかったもの」
「お前が? その細腕でか?」
「意外と逞しいんですよ! 剣は触ったことないけど、鍬で獣を追い払ったことならあります! 素質あるかな?」

 ユラハさんと会話が成立したことが嬉しくて、あたしは調子に乗って声のトーンを上げながら、力こぶをつくる真似をしてみた。
 すると、ユラハさんが――笑った。まるで少年みたいに、ぷっと吹き出して。

「お前、変な女だな。王妃とは思えない」
「そんなのあたしだって思えません。だってあたし、普通の村娘だもの。たくさんの兄弟達のご飯を作って、お洗濯をして、畑を耕して生活していました!」

 ああ、どうしよう。嬉しいな。
 どうして日頃笑わない人の笑顔を見ると、こんなに嬉しくなるんだろう。卑怯だわ。
 そんなあたしの胸のうちなど知らず、ユラハさんは少年のような笑顔のまま、あたしの話に乗ってくる。

「オレと同じだな。オレにも兄弟がたくさんいた。弟が五人、妹が一人」
「あたしは弟が六人と妹が二人。あれ、ってことは……ユラハさんも一番上ですか?」
「ああ」

 それを聞いて、あたしは思わず顔を輝かせてしまった。
 今一気に親近感が沸いた。

 そんなわけで、その後あたしとユラハさんは長子の苦労について話を弾ませることになった。
 これが、話しが合う合う。
 レイシェ様のお話を聞いているのもすごく楽しかったけれど、こっちは自分がガンガン参加できる楽しさがある。

 結局あたしは、ノックの音に中断されるまで、ユラハさんと長子あるあるで盛り上がり続けたのだった。  



BACK / TOP / NEXT

Copyright (C) 2012 kouh, All rights reserved.