それからあたしは半ば引きずられるようにレオンに外へと連れて行かれ、ヴェイルさんが連れてきた白馬に強引に乗せられた。
 あたしを後ろから包みこむように跨ったレオンが手綱を引いて、馬が軽やかに走り出す。

「あ……あの、レオン」

 呼びかけるあたしの声は、蹄が地を蹴る音に掻き消されてしまう。
 あたしは精いっぱい振り返って、お構いなしに馬を走らせるレオンを見上げながら、お腹の底から声を絞り出した。

「ねえっ、レオン!」
「なんだい、ベアトリス」

 レオンの重低音は、さほど叫んでいるわけでもないのに、響くようによく通る。
 どこまでもつきまとう、あたしと彼の間の不公平にむっとしつつも、あたしは再び大きく息を吸い込んだ。

「仕事があるんでしょ!? こんなことしてていいの!?」
「言ったろう。お前の方が大事だ」
「馬鹿なこと――言わないでよッ!」

 あたしの方が大事?
 そんなこと、思ってもないくせに。
 次から次へと、都合のいい甘い台詞ばかり吐くレオンに、あたしは頭にかっと血が上った。
 咄嗟に手綱を両手でつかんで思い切り引っ張る。
 馬がいなないて、前足が宙を掻いた。

「何を――」

 さすがのレオンも驚きの声を上げて、馬を落ちつかせる。
 そうして馬上は静かになったが、それでも私は声を張り上げるのをやめられなかった。

「あたしのこと大事だなんて、嘘よ! いまだに名前ひとつだってちゃんと呼びやしないくせに!」
「それは――」
「人が親から貰った大事な名前が貧相ですって? ふざけないで! 勝手に連れて来て! 人のこと振りまわして! 何様よ!」

 ――王様だ。
 そんなことはわかってる。だからこれでも我慢してきた。
 今だって、こんなこと叫ぶつもりじゃなかった。単に、聞こえるように声を張り上げただけなのに――なのに、一度叫んだら心のタガが外れてしまった。
 
 でも考えて見れば、ニナに八つ当たりで叫ぶよりは、この方がずっと正当。
 
 戸惑うレオンに、あたしは城に来てからお腹にためていた不安を声にしてぶちまけ続ける。

「本当にあたしが大事なら村に帰してよ! もうこんなのたくさん!」
「……そんなに貧乏暮らしが好きか?」

 レオンの返事に、頭にのぼった血が今度は沸騰した。
 悔しくて、涙が滲んだけれど、それを零すことだけはしまいとぐっと歯をくいしばった。

 人を馬鹿にしているにも程がある。
 貧乏が好きな人なんているわけない。あたしだってたまにはのんびりしたいし、都の華やかさには憧れる。
 綺麗なドレスを着てお化粧して、素敵な人と恋をしたい。人並みの女の子くらいの願望は持っているけれど。

 でも、理由もわからずいきなりそれを与えられても戸惑うだけ。
 自分でひとつひとつ、見つけて叶えるから素敵なんだと思う。そんな貧乏な田舎娘の価値観なんか、王様にはきっと理解できない。

「貴方って、寒さで凍えてる人を急に熱いお湯に突き落としたり、飢えて死にそうな人に重い肉料理を大量に食べさせたり、きっと平気でやるんでしょうね」
「……?」
「それで感謝しろだなんて冗談じゃないわ。あたしだって処罰されたいわけじゃないし、貧乏が好きなわけじゃない。でも、温かい毛布で眠って、一日三回パンとスープが食べられればそれで幸せなの。大好きな人には、傍であたしの名前を呼んで貰いたいの」

 あたしの声は、どんどん勢いを失くしていく。
 叫ぶ気力もないほどあたしは憤っていたし、もう考えることに疲れていた。混乱しきった頭ではもう結論も答えも出せそうにない。
 堪えていた涙が頬を滑ってしまったら、もう意地を張ることにも疲れた。

「もうたくさん苦しんだわ。処罰するか、家に帰してくれるか、どっちかにして。もう疲れた……」

 こないだのエンネじゃないけど、あたしはみっともなく泣きじゃくってしまった。
 レオンに対する憤りだけじゃなく、今まで我慢してきたことも一気にどっと押し寄せてしまった。
 あたしがそんな風に泣いたら、兄弟達はあたしを頼れなくなってしまうから。
 あたしは崩れちゃいけないって、ずっと堪えてきたものまで、一緒に壊されてしまった。

 そうして泣いていると、ふと頬に大きな手が触れる。

「そんなに俺の言葉は信用できないか」

 レオンがあたしの頬に手をあてがって、力のない声でそう問いかける。

「信じるも何も、住むところも見てる景色も違いすぎるんだもの。受け入れろっていう方が、無理よ……」
「ヴェイルもユラハもニナも、違うものを見ていた筈だ。でも今は一緒なものを見ている」
「皆だってきっと困ってるわ。あなた、いつも勝手で我儘で傲慢よ。それで周りを振りまわすから、ありがとうって言われたことがないんだわ」

 あたしの涙を拭っていたレオンの手が動きを止める。

 ――言い過ぎた。すぐに気付くけれど、あたしの口はもう動かなかった。
 気まずい沈黙が続いた後、レオンは再び手綱を取ると、馬の向きを変えた。

「……もう少し走ると、俺が好きな花畑がある。庭などより広く美しい。いつか、我が妃となるひとに見せたいと思っていた」

 そんなレオンの言葉が降ってきても、あたしの心に罪悪感はなくて、行かなくてよかったという安堵しかなかった。  



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