ニナに手伝ってもらって簡単に身支度を整え、あたしはレイシェ様と一緒に昨日の庭園に降りてきていた。
 様々な花が咲き誇る、隅々まで手入れされた広い庭園は本当に見事なもので、何度見ても溜め息が零れる。
 しばらくそうして昨日と同じように花に見惚れていたけれど、そんなあたしをにこにこと見つめるレイシェ様の視線に気付けば、気恥かしくなってあたしは足を止めた。

「ご、ごめんなさい。すごく綺麗なので、つい……」
「いいんですよ。僕は花に見惚れている貴女に見惚れているだけですから」

 そんな台詞を恥ずかしげもなく言えるところは、レオンに似ていなくもないかもしれないけど。
 でも穏やかで親しみの持てる笑顔で言われると、馬鹿なことをと揶揄することもできなくて、あたしは立ち止ったまま熱くなる顔を下へ向けた。
 そんなあたしを見て、レイシェ様はふふっと笑った後に、あたしと同じように足を止める。

「お休みのところ、無理を言ってすみませんでした、ラナ」

 それから聞こえてきた謝罪に、あたしは慌てて顔をあげ、否定するように首を左右に振った。

「いえ! 怪我なんて本当に大したことないし、正直言うとすごく退屈していたんです。それに、あたしももっとこの庭園が見たかったし…… 謝らないで下さい」

 そう答えると、レイシェ様の笑顔にほっとしたようなものが混じる。それにしても、本当に見る人を安心させるような、優しい笑顔だ。
 そんな魔法みたいな笑顔のまま、レイシェさんはあたしに手を差し伸べた。

「良かった。僕でよければ案内しますよ。どうぞ」

 迷ったけれど、断るのも失礼かと思って、どきどきしながらその手を取る。
 きゅっと、不躾でない程度に温かい手で包まれて、あたしは再び歩き出す。

 それからレイシェ様は、庭園にある色んな花について、あれは何々という花で先代の王妃が好きだっただの、あれは異国の花で、先々代の王に献上されたものだの、ひとつひとつ詳しく説明してくれた。
 レイシェ様は凄く話し上手で、説明ひとつにも面白い逸話や冗談をうまく交えるので、知識がなくて難しい話が苦手なわたしでも飽きることなく、楽しく聞くことができる。
 だから話に夢中になる一方で、王家の逸話にまで詳しいレイシェ様が何者なのかってことも凄く気になってしまう。

「レイシェ様って、なんでも知ってるんですね」

 話が一区切りついたところで、あたしはそんな言葉を挟んでみた。
 するとレイシェ様は、そんなことないですよ、とあたしの言葉を否定する。それからレイシェ様は口を噤んでしまったので、あたしは何かよくないことを言ったのかとはらはらした。
 謝ろうと口を開いたところで、レイシェ様が足を止めて口を開く。

「どちらかというと、僕は世間知らずです。詳しいのはこの庭園のことくらいですよ。前の王妃様がこの庭園を好きでいらしたので」
「前の……王妃様、って」
「ええ。レオンのお母上ですよ。……亡くなってしまいましたが、僕のこともとても可愛がって下さいました」

 王妃様に可愛がってもらえるって、本当にレイシェ様って、どんな身分の人なんだろう。
 想像もつかないけれど、直接本人に聞くというのもなんだか気が引けて、それはやめておく。他にも、聞きたいことはたくさんあった。

「……レイシェ様。レイシェ様はその……エルレオン陛下と親しいのですよね?」
「うん――まあ、そうだね」
「陛下は、一体なにを考えているんでしょう?」

 そよそよと吹きぬけていく風が、ざわざわと茂みを奏でる。
 しばらく、あたしはその音だけを聞いていた。レイシェ様は、また言葉を選ぶように黙ったまま空を見つめてしまったから。
 でもややあって降ってきた答は、ニナが言ったこととそう大きく変わりはないことだった。

「さあ……どうでしょうね。レオンの考えは僕にもよくわかりません。暗殺者を傍に置いたり、異国のものを騎士団に入れたり」
「……田舎娘を王妃にしたり、ですか?」

 多分、ニナが思いつつ話題には出さなかったことをレイシェ様が口にしたので、あたしは思い切ってそう尋ねてみる。
 すると今度はすぐに答えが返ってきた。

「それは考えていませんでした。そんなつもりではなかったのですが、すみません」
「いいんです。本当のこと言って下さい。皆本当は、あたしなんかが王妃に相応しいだなんて思ってないはずだもの。そんなこと、馬鹿なあたしにだってわかってます。だから不思議なんです……レオンは何を考えてあたしを城に連れてきたんでしょう」
「何をって……それは、貴女を愛しているからでしょう?」
「そ、そんなわけないじゃないですか!」

 レイシェ様があんまり馬鹿げたことを言うので、あたしは思わず上ずった声を上げてしまった。
 けれどレイシェ様は表情を変えず、穏やかな声で先を続ける。

「どうして? 確かに貴女は高い身分を持たないかもしれないけれど、素朴な温かみと可愛らしさがあります。レオンが身分や体裁にこだわるような男でないことくらい、彼の周りを見ればわかるでしょう?」
「例えそうだとしても……でも、どうしてあたしなんですか。あの日レオンが家に来るまで、あたしは王様の顔さえ知らなかったんですよ」
「……レオンのことが、信じられませんか?」

 意固地になるあたしの心に、レイシェ様の一言が食いこんでくる。

「――当たり前です」

 エメラルドの瞳を真っ直ぐ見て答えると、レイシェ様の顔から一瞬だけ笑みが消える。

「……知りたいですか?」
「え?」
「知りたいなら、試してみますか? レオンの心を」

 思いがけないレイシェ様の言葉を、とっさに理解できずにあたしが黙る。
 温かだった風が、突然冷えたような気がして、あたしは自分の体を抱くように包んだ。
 ――知りたい?
 レオンの心なんて知るまでもない。
 それに、知ったからと言ってどうなるわけでもない。どのみち、あの奔放な王様の我儘からは逃げられない。

 でも、もし。
 もしレオンが本気だったら?

 そんな有り得ないことを考えて、傷ついたような彼の顔を思い出して、心が揺れた。
 そうやって揺れるあたしの心は、聞こえてきた足音に、揺れるどころか嵐に舞う木の葉のようになる。

 振り返ったあたしの視界で、花も霞む美しい銀色が揺れた。  



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