ニナが部屋を出てしまって、あたしは大きなため息をついた。
 昨夜は眠れたからまだいいけど、レオンが現れたあの日から、心休まるときがない。眠っていても暇を持て余していても、これからどうなってしまうんだろうという不安ばかりがあたしを苛む。
 でもニナが力づけようとしてくれたことを思い出して、あたしはそんなもやもやを頭から追い払うことにした。こうなったらなるようになれ……とまでは、開き直れないけれども。
 ああ、それよりも怒鳴ってしまったことをニナに謝らなければ。
 そう思ったところで、あたしはニナがさっき出ていった扉の方に目をやった。……まだ、口論する声がときどき聞こえてきて、ニナは戻ってこない。

 しばらくは待ったけれど、あたしはどうも気が長くはないらしい。
 痺れを切らして、あたしはベッドを出ると部屋の扉を開けた。

「あ、ラナ様……」
「一体どうしたの、ニナ」

 困ったようなニナの視線の先には、険しい顔をしたヴェイルさんと、優しい笑顔のレイシェ様がいた。

「おはようございます、ラナ。朝から騒がせてしまってすみません」
「いえ……それはいいんですけど、何かあったのですか?」
「ラナと話がしたくて尋ねたのだけど、番犬に噛みつかれてしまいました」

 レイシェ様が肩をすくめながらおどけてそう言い、横目でヴェイルさんを見る。

「でも、妃殿下は静養中で……」
「あたしなら、大丈夫だけど」

 ニナも仕事があるだろうから、ずっとあたしが捕まえておくわけにもいかないだろう。一人でベッドに篭ることを考えたら、話相手はいた方が嬉しい。レイシェ様は優しいから話もしやすかったし。
 そう思って答えると、レイシェ様は嬉しそうに笑顔を深めた。

「そうですか、良かった。お加減がよろしければ、是非昨日の庭園を散歩しませんか? 今日は暖かく、良い陽気です」
「レイシェント様、妃殿下はお怪我をしてお休みになられているのです。何卒ご容赦を……」
「あたし、行ってみたい。駄目かな?」

 なんとか断ろうとするニナの言葉を縫ってそう言うと、ニナはますます困り果てた顔をした。
 そんな顔をされると申し訳ないのだけれど、でも怪我なんかしてないのに寝ているのはけっこう苦痛なのだ。あたしを心配してくれるのは嬉しいけれど、これはちょっと過保護過ぎるのではないかとも思う。

「そう言われましても、私の一存では……」
「大丈夫。レオンには僕から言ってありますから。ね?」

 レオンの名前を出されると、ニナにも何も言えないようで、彼女は心配そうにあたしを見てきた。

「ラナ様、本当に大丈夫ですか?」
「ええ」
「……そういうことなら、今お支度を致します。申し訳ございませんが、殿方はご遠慮下さい」

 ニナがそう言うとレイシェ様は失礼、と引いた。そんなレイシェ様とは対照的に、ヴェイルさんはずい、と身を乗り出して、あたしの腕をぐいっと掴む。

「な、なんですか?」
「やめておけ。こいつをあまり信用しない方がいい」

 怖い顔でそう言われ、あたしがなんと言っていいかわからずに困っていると、レイシェ様がさらにヴェイルさんの手をつかんで、あたしから引き離す。

「乱暴なことはやめなさい。暗殺者にそんなことを言われたくはないですね」
「今は陛下の側近だ。そして彼女の警護を仰せつかっている」
「――どうします、ラナ」

 再び口論が始まりそうになるが、その前にレイシェ様はあたしに判断をゆだねてくれた。

「ええと……、あたし、庭園に行ってみたいです。レオンもいいって言っているんでしょう?」

 これでは、あたしがレオンのいいなりみたいで嫌だが、この場を納めるにはレオンの名前が一番な気がした。そしてそれは的確だったらしい。
 それでヴェイルさんがなんとか黙ってくれたので、あたしはニナと部屋に戻ったのだった。  



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