それからあたしはユラハさんの後について元いた部屋に帰ってきた。
 その間中ユラハさんは黙ったままで少し気まずかったけれど、逆にそれが気楽でもあった。
 レオンは砂糖菓子みたいな甘い言葉ばかり言うけれど、本当のお砂糖みたいにあっという間に溶けてしまいそうな気がして怖い。
 お伽噺の中でならときめくような言葉でも、あたしにかけられれば途端に嘘臭くなってしまう。
 それを疑ったり、何を考えてるのかわからなくて不安になるくらいなら、気まずくたって無言の方がずっと楽。
 
 でも部屋の扉を開ければ、そんな考えは吹き飛ばされた。

「ラナ様……! ご無事でいらしたのですね!」

 部屋の中にいたニナが、あたしを見るなりわっと泣き出す。
 一瞬ぽかんとしたけれど、その理由を考えてみれば、あたしは自分がしたことを強く後悔することになった。
 ニナは、姿が見えないあたしのことを心配してくれていたのだ。
 ぼろぼろと涙を零して泣くニナを見ていたらいてもたってもいられなくなり、あたしは思わずぎゅっと彼女を抱きしめた。

 無言の方が楽だなんて、あたしは馬鹿だ。
 ニナが親しくしてくれて、とってもとっても救われてたのに。

「ニナ、ごめん、ごめんね。ちょっとお城の中が見たくなって……、そしたらどうやって戻ればいいか解らなくなっちゃったの。心配かけて、本当にごめんなさい!」

 昔、薬草を取りに行って、集めるのに夢中になるあまり、帰りがすっかり暗くなってしまったことがある。
 今みたいに、ごめんって家の扉を開けたら、家族が今のニナと同じように、揃ってわんわん泣いたっけ。その後あたしはお母さんに怒られたんだ。
 まるで家族みたいに、あたしを心配して泣いてくれたニナに、あたしは胸がいっぱいになった。

「で、ヴェイル。お前は一体何をしていたんだ」
「……私を追い出したのは陛下ではありませんか……」

 ニナと一緒になって泣いていると、ふとレオンの不機嫌な声が聞こえた。……ニナしか見ていなくて、あたしは部屋にレオンがいたことに今の今まで気付かなかった。
 あたしと一緒に部屋に戻ったヴェイルさんが、理不尽なお小言を言われて小さく唸る。
 それを聞いて、あたしを送ってくれたユラハさんが、レオンと同じくらい不機嫌な声を上げた。

暗殺者(ネズミ)に任せるくらいなら、縛って監禁しておいたらいかがですか」
「馬鹿を言うな、ユラハ。私の姫は物ではない」

 ぞっとすることを言い放つユラハさんを、レオンが一喝する。だがユラハさんの表情に特に変化はなかった。

「では、仕事がありますので」

 軽く一礼して、ユラハさんが退室していく。
 その頃には、あたしもニナも泣きやんで、平静を取り戻していた。

「ミシェル、彼はこの国の騎士団長で、ユラハと言う。異国の者故に俺達とは価値観や考え方が著しく異なることもあるが、気にするな。腕は確かだ」
「異国……?」

 さりげなくあたしの腰を抱こうとするレオンの手からさりげなく逃れながら、あたしはレオンの言葉の一部を反芻する。

「ああ。異国、というか、異民族と言った方がいいか。『剣の民』と呼ばれる一族を聞いたことはないか?」

 それなら、昔、父さんに聞いたことがある。
 どこの国にも属さない一族で、いつも世界を流れているという伝説の一族だって。その一族は、誰もが闘う力に長けていて、その力があまりにずば抜けているために、剣一本あれば生きていけるんだって。
 だけど、お伽噺かと思っていた。

「……聞いたことは、あるけど。でもどうしてこの国を護る騎士様が、異国の人なの?」

 鮮やかな青の髪は、どう見てもこの国から浮いていた。あたしが田舎者だからそう思うのかもしれないけれど、でも騎士団の、それも一番偉い人が、この国の人じゃないって何だか変な気がしたのだ。
 けどレオンはさも当然のようにあたしの問いに即答する。

「ユラハは、俺が唯一勝てない相手だ。俺の国を護るものが俺より弱い方がおかしいだろう」

 そう言ってレオンが肩を竦めると、ヴェイルさんが溜め息をついた。
 うーん……レオンの言っていることは、筋が通っているようで……でもよくわからない。
 あたしは政治とか難しいことは全くわからないから、レオンの考えの良し悪しなんて考えたってわからないのが当然だけど。
 でも、何かが引っかかる。その引っかかりの正体を探ろうと考え込んでいたあたしは、レイシェ様のことをレオンに聞くのをすっかり忘れてしまっていた。



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