レイシェ様の前に立ちふさがったのは、ヴェイルさんだった。だけど、雰囲気がいつもと全然違った。
 レオンと話すときもさほど友好的ではないし、基本的にヴェイルさんは無表情なのだけど、でも今はとても怖い顔をしている。思わず背中がぞくりとするくらい、鋭い顔でレイシェ様を睨むヴェイルさんを見ていると、暗殺者だったとか、レオンの命を狙っていたとかいう言葉が自然と頭を過ぎって行く。

「危ないですね。いきなりナイフなんて投げて、ラナに当たったらどうする気ですか」
「そんなヘマをするものか。貴様こそ、彼女をどうする気だ」

 ナイフ? さっき飛んでいったのはナイフだったの?
 軽々とそれを避けたレイシェ様にも驚きだけど、そんなものをいきなり投げつけたヴェイルさんにも驚きを隠せない。
 でも一人狼狽するあたしを蚊帳の外に、レイシェ様とヴェイルさんの口論は続いた。

「僕は、姫君を部屋までお送りしたいだけですよ」
「必要ない。勝手に城をうろつかないでもらおうか――この害虫が」
「暗殺者に比べたら、害虫など可愛いものでしょう」

 レイシェさんの言葉に、あたしはびくっと体を震わせてしまった。ヴェイルさんが暗殺者っていうのは、本当だったのだ。そこでやっとあたしの存在を思い出してくれたのか、レイシェさんがぎゅっとあたしを抱く手に力をこめる。

「すみませんが、ラナ。落ちないようにしっかりつかまっていて下さい」
「――え?」

 思わず体温が上がったが、あたしの為にそうしたわけではないことに、次の瞬間あたしは気付く。
 背に添えられていた手が離れて、咄嗟にあたしはレイシェさんの首につかまった。そうしながら横目で離れたレイシェさんの手を負うと、すっとそれを振ったかとおもいきや、その手にはナイフが握られていた。袖の中にでも隠していたのだろうか。だとしたら、レイシェさんもずいぶん危ない人の気がする。

「このまま話していてもらちがあきませんので、すみませんが力尽くで通らせて貰います」
「できるものならやってみろ」

 ナイフを手にすたすたと歩き出したレイシェ様のその進路に、ヴェイルさんが剣を持って立ちふさがる。
 なになに。何が始まるのよ。そんな物騒なものをお互いに持って、一体何をするつもりなの!?
 焦ったあたしが制止の声をあげようとした、まさにそのとき。

「やめろ」

 あたしが言いたかったことを、別の声が喋る。
 それと同時に、二人がピタリを動きを止めた。

「城の中での抜剣は禁止だ。今すぐ仕舞え」

 静かな声でそう言いながら、別の人物がヴェイルさんとレイシェ様の間に割って入る。
 二人に負けない長身だけど、歳は二人よりずっと若そうだ。でも何より印象的なのは、見たこともない青の髪。それが周りとは違った存在であるということを語っているような、不思議な人。
 彼は、二人をちょうど遮るように間に立つと、腰に下げていた長剣を鞘ごと外して自分の前で構えた。

「因みにオレは、場内の秩序を守る為の抜剣を許されている」
「あなたと戦うつもりはありませんよ。ユラハ」

 レイシェ様が、ナイフを持った手をあげると、ナイフは手の平を滑って袖の中に入っていった。
 渋々と言った様子で、ヴェイルさんも出した剣を納める。
 それを見てあたしはほっと息をついたが、安堵するのは早かった。
 ユラハ、と呼ばれた男の人の、髪と同じ鮮やかな青い瞳が、まるで矢みたいにあたしを射抜く。

「下らない諍いを起こされるのは迷惑だ。おりろ。オレが部屋まで連れていく」

 息を飲んで固まっているあたしに、彼はそう告げた。

「待って下さい、ユラハ。彼女は素足ですし、足を負傷しています」
「歩けるな?」

 口を挟んだレイシェ様をすっぱり無視して、再びユラハさんはあたしに話しかける。
 歩いてここまできたのだから、歩けないわけがない。正直にあたしが頷くと、「ならおりろ」と再び彼は同じ言葉を吐き捨てた。
 
「あの、レイシェ様。ありがとうございます。あたしは大丈夫なので、おろして下さい」

 ユラハさんの声音が有無を言わせないような鋭いものだったのもあり、あたしはそう言ってそっとレイシェ様の胸を押し戻した。
 ヴェイルさんにもユラハさんにも、ついにはあたしにもおろせと言われて、心配そうにしながらもレイシェ様があたしをおろす。
 もう一度レイシェ様に礼を述べて、あたしはユラハさんの方へと向き直った。

「……騎士団長のユラハだ。最初に言っておくが、お前が陛下の寵妃だろうが妾だろうがオレには関係ないし、甘やかすこともしない。覚えておけ」

 ユラハさんの冷たい視線と言葉が、ナイフみたいに突き刺さる。
 でも、それは甘い言葉を吐かれるより優しくされるより一番自然に思えて、変な話だけどあたしはなんだかほっとしていた。    



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