食事中は、この屈辱の時間がとにかく早く過ぎ去るように、ずっと祈り続けていたけれど。
 いざ食事が終わってニナが食器を持って下がってしまうと、レオンと二人残されたあたしは変な緊張感に襲われた。
 それがどんなに屈辱でも、食事をするという目的があった方がまだマシだったと思い知る。することがなくなってしまえば、あたしを見る金色の瞳に、あたしはどんな顔をすればいいのかもわからない。
 あの気まずい夜以来、あたしはどうレオンに接していいのか余計にわからなくなっていた。

 受け入れることはできない。まず第一に信用できないし、添い遂げたいって気持ちもないから。
 けれど、突き放して、傷ついたような顔を見るのも辛い。
 あれは演技なんだっていくら自分に言い聞かせても、胸の奥がざわりと疼く。
 どうしていいかわからない自分の気持ちを持てあましていると、衣擦れの音がする。はっとしてそちらを見やると、レオンが腰を上げていた。 

「本当ならずっと一緒にいたいのだが、しばらく城を開けていたので雑用が溜まっている。傍を離れることを許してくれ、エルヴィラ」

 あたしの手をとり優雅な仕草でその甲に唇をつけると、そのまま凍りつくあたしを残して、レオンはあっさり部屋を出て行った。

 一人残されて、ぽさりと手がベッドに落ちると、あたしはなんだか妙な気分になっていた。
 今日もひがな一日、レオンに口説かれるのかと構えていたので、拍子抜けしたのだが、いない方があたしにとっては助かるわけで。  はっと我に返って、レオンにキスされた手をシーツで思い切りごしごしと擦る。
 いない方が良いじゃないか。何惑わされているんだ、あたし。寂しくなってなんか……いない。

 でも、エンネがレオンをお飾りだっていうのは、本当は照れているだけなんだって、本音は全く逆なんだって。それだけでも教えてあげられれば良かったと思う。
 この兄妹からは散々な仕打ちをうけているのに、大概自分もお人好しだとは思うけど。
 それに、余計なお世話なのかもしれないけど。
 家族がいがみ合うほど悲しいことってないと思うから。それも、誤解やすれ違いで。

 もしレオンが戻ってきたら、エンネの気持ちを話してみよう。
 エンネが持ってきてくれた花を見ながらそう思う。
 けれどそうやって気持ちに整理をつけてしまったら、いよいよすることがなくなった。

 貧乏暇なしとはよく言ったもので、いつも忙しく動き回っていたあたしは、ゆっくりすることに慣れていない。
 体調が悪くても、腰が痛くても、あたしが休んだら皆が食べるご飯もないし、皆が着る服もない。
 早く家事が終わった日は、母さんの仕事を手伝った。
 嵐の日にも、畑の様子を見に行った。
 そんな生活から一転、たかだか足を擦りむいたくらいで、あたしは歩かせてももらえない。
 いや、歩いたところで、もうご飯を作る必要も畑を見に行く必要もない。やることはないんだけど、じっと座っていると、あたしはおしりのあたりがムズムズしてしまうのだ。
 
 退屈に耐えられなくなって、裸足のままベッドを降りて、大きな窓まで歩いていく。カーテンを開けると、テラスの向こうに城下の街並みが一望できた。

「わぁ……」

 何度見ても壮観だ。
 この場所が高いので、きのうよりももっと沢山の家が見える。
 家だけでなく、時計塔や学校、教会のような建物も見えた。

「行ってみたいなあ……」

 好奇心に駆られて、入口の扉を押してみる。すると、思いがけずあっさり開く。部屋の前には見張りもいない。

 これ……もしかしたら、城から逃げ出せるんじゃないだろうか。

 そんなことを考え付いてしまって、あたしはごくりと生唾を飲んだ。
 少し迷ったけれど、一日ベッドで寝て過ごすなんてあたしには無理だし、そんなことしたらベッドの上で腐ってしまいそうだ。
 逃げ出すのは無理でも、せめて城の中を見てみたい。
 そう思って、退屈と好奇心に負けたあたしは、そっと部屋を後にした。

 けど、あたしがそれを後悔するのはすぐだった。
 寝巻きに裸足という格好なので、人の気配がするたびに引き返したり、咄嗟に階段を下ったりと、必死に誰にも遭わないようにしているうちに、どんどんあたしはどこかもわからない場所へ運ばれてしまう。
 気がつけばすっかり迷子になっていた。もといた部屋への戻り方もわからない。

「どうしよう……」

 人のいない方へ、いない方へと歩いていたので、誰かに聞くにも今度は人の気配がない。
 途方に暮れて呟きながら、とぼとぼと歩いていると、急に眩しい光が差し込んできてあたしは顔を上げた。

「わぁ……!」

 そこにあったのは、ガラス張りの回廊だった。
 いつの間にか、あたしは一階まで降りてきたらしい。ガラスの向こうには色とりどりの花で溢れる庭園があって、あたしは思わず手を付いて、困っていたのも忘れてそれを見回した。
 本当は、あたしの趣味はガーデニングだったのだけれども、食べられないものを育ててどうするって母さんに言われてやめちゃったのだ。それでも、小さな植木鉢でちょこちょこ育てていたりはしたけれど。

 見たこともない花々にあたしはすっかり興奮して、迷っていたことも忘れて庭園への入り口を探した。
 窓づたいに歩いていると、やがて出入り口を見つけて、大はしゃぎで裸足のまま庭園へと飛び出す。
 歓声を上げながら、あっちの花やこっちの花を近くで見ては、その香りを堪能する。
 それをひとしきり繰り返してからふと空を見上げると、太陽が一番高いところに差し掛かろうとしていた。もうお昼だ。
 顔を上げると立派なお城の側面が見えたが、それと同時に、一部が無残に損壊しているのも見えた。

「わぁ……」

 あたしの声のテンションが下がる。
 昨夜、エンネリーゼ様が派手に壊したところだろう。たくさん人が集まっているのが見える。
 お城なのに意外と人が少ないと思っていたら、皆あっちの修理に皆駆りだされていたのね。

「ほんとにエンネったら、相変わらず滅茶苦茶するよねえ」

 ぼうっと壊れたテラスを見上げていたら、突然に人の声がして、あたしは飛び上がるくらいびっくりした。
 驚いて反射的に声の方を見ると、大きな白い花をつけた茂みの向こうに、いつの間にか男の人の姿がある。
 その人もあたしと同じようにエンネが壊したところを見上げていたけど、やがてこちらへと目を向けて、にっこりと笑った。

「初めまして、レオンのお姫様?」  



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