レオンが入室して、その後からおずおずと、食事のワゴンを押しながらニナが現れる。
 ノックをしたのは、多分彼女だろう。レオンがわざわざそんなことをするとは思えない。

「君と一緒に朝食を取りたくてね、カトリーナ。目が醒めるのを待っていたんだ」

 どうりで、ワゴンの上に乗っている食事が、一人分には思えない量なわけだ。
 とあたしが一人納得していると、レオンはニナを振り返ってその手からワゴンを取った。

「そういうわけだから、大至急俺の分も用意してくれ。簡単なもので構わない。レオノーラの食事が冷める前に頼むよ」
「承知致しました」

 ニナが頭を下げ、慌てた様子で部屋を出て行く。そりゃ慌てもするだろう。かなりの無茶ぶりだ。
 ……いやいや、それより。

「こ、これあたしの分だけなの? 朝からこんなに食べられないわ」

 レオンがあたしの目の前まで運んだワゴンを見て、あたしは改めて驚愕した。
 色んな種類のパンに、スープ、サラダ、蒸した鶏肉と野菜、ミルクと湯気の立つ紅茶、それにフルーツ。あたしの家じゃ、朝昼晩全部のおかずを並べたってこんなに豪勢な食事にはならない。

「そうか? ならば一緒に食べようか。ああ、シルバーだけでも先に持って来させればよかったな」

 レオンがそんなことを言いながら、ベッドに腰掛ける。そして黙って控えるヴェイルさんをじろ、と一瞥すると、ヴェイルさんは一礼してそそくさと部屋を出ていった。
 部屋の扉が閉まったのを確認すると、レオンがスプーンを取って、スープの皿にそれを差し入れる。
 自分で食べるのかと思いきや、彼はそれをあたしの口元まで運んできた。

「な、何の真似よ……」
「食べさせてやる」
「い、いらないわよ! 自分でできるわ」

 かっと熱くなる顔を隠すように、スプーンを拒んでレオンから顔を背けると、あたしはベッドを降りるために体を起こした。
 だが、レオンはスプーンを皿に戻すと、両手であたしの肩を掴んでベッドへと押し戻す。

「動いては駄目だ。怪我に障る」
「こんなの、怪我のうちに入らないわ」
「駄目だ。俺の妃の体に傷でも残ったら大事だろう」

 手を跳ねのけようとしても、ビクともしない。
 気付いてみれば、ベッドの上で、レオンがあたしに被さるようにして肩を押さえている。そんな体勢に、いよいよ顔が熱くなって鼓動が早まる。

「あ……」

 そのままレオンの顔が近づいてきて、あたしは思わずぎゅっと固く目を閉じた。
 でも、あたしが恐れた事態にはならず、体温を感じたのはあたしの額で。
 おそるおそる目を開けると、レオンが自分の額をあたしのそれと軽く触れさせていた。

「もう君だけの体ではないのだよ。自分を大事にしてくれ」

 そして、すぐにそれも離れる。
 まるで縛りつけられたように動けないあたしの口に、レオンはにやりと笑いながらスプーンを差し入れた。
 まろやかな舌触りのスープが、口の中に流れ込んでくる。
 ……美味しかった。

 それから、ニナがレオンの分の食事を運んできた後も、あたしは子供みたいにレオンに食事を与えられ続けた。
 こんなの、あたしにとってみたら苦行とも言える恥ずかしさで、目でニナになんとかしてと訴えてみたものの、ニナはにこにこと微笑んだまま部屋を出て行った。

 そうして、人生で一番恥ずかしい食事を終えた頃、食器を取りに現れたニナを、あたしは思わず恨みがましい目で睨んでしまったのだった。  



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