それから、ニナは食事をお持ちします、と言って部屋を出て行った。
 けれど、それから間もなくして、突然部屋の扉がバタンと開く。
 一瞬、ニナが忘れ物をしたのかとも思ったけれど、彼女がノックもなしにこんな風に扉を開けるとも思えない。
 その考え通り、現れたのはニナではなかった。

「今さっき、エンネリーゼ様が来たと聞いたが、何もなかったか!?」

 飛び込んできたヴェイルさんが、息を切らしてそんなことを言うもんで、あたしはくすくす笑いながら答を返した。

「大丈夫よ。これを持ってきてくれただけ。心配してくれてありがとう」

 エンネがくれた花籠を持ちあげて言うと、ヴェイルさんはほっと息を吐きだした。
 そんなヴェイルさんを見ていて、ふと彼が元暗殺者だったという、ニナの言葉を思い出す。
 でも、ヴェイルさんは本当にあたしを案じてくれているように見えるから、暗殺者なんて物騒な職業とはとても結びつかなかった。
 そもそも、平和な村に生きてきたあたしには、暗殺者がどんな人かなんて想像することもできないけれど。

「……本当に? 本当に殿下は、それを持ってきただけなのか?」
「ええ。……あの子、めちゃくちゃだけど、根はそんなに悪い子じゃないと思う」

 泣いていたエンネを思い出すと、自然とそんな言葉が出てきた。
 そりゃ、昨夜は酷い目に遭ったけど。彼女のおかげで、城の一部が壊れるという事態にもなったけど……。
 でもそれは駄々っ子みたいなものなんじゃないかな。過ぎた玩具を手にしてしまっただけで。
 広い城と、言う通りになる部下がいたら、ただの我儘でもスケールは広がるだろう。
 普通の子供はそんなものないから、ただ泣きわめいて、せいぜい物を投げるくらいが限度だろうけど。
 エンネにとっては、兵隊を動かして大砲をぶっ放すのが、それと同じレベルなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、ふと呆気に取られたような顔をしているヴェイルさんと、目が合った。

「……? 何?」
「いや。あのエンネリーゼ様と折り合いをつけられるとは思わなかった。しかもこんな短時間で」

 いや、折り合いはついていないけど。
 あたしが本気で王妃になる気でいるなら、エンネはあたしに対して容赦しないような気がするなぁ。

「陛下が執心する筈だ」

 けれど納得したようにヴェイルさんが頷いて、あたしは慌てて顔の前で両手を振った。

「え、待って。あんなの、絶対本気じゃ……」
「陛下は本気だと思う」

 ニナも、エンネも、それにヴェイルさんまでが、同じようなことをあたしに言う。
 やっぱり、城ぐるみであたしを騙そうとしてるんじゃ。そう思うけど、ニナまであたしを騙そうとしているとは、思いたくなかった。
 あの人懐っこそうな笑顔までが嘘だなんて……そんなことは、それこそ信じたくない。
 
 と、ニナのことを考えたせいで、重大なことを思い出す。

「あの……ヴェイルさん。聞いてもいいですか?」
「何だ」

 暗殺者というのは本当ですかと聞きかけて、それはいくらなんでもストレートすぎると思いなおす。

「えっと……、ヴェイルさんって、レオンの側近……なんですよね?」
「ああ、まあ、表向きはな……」

 そう言って、ヴェイルさんは言葉を濁した。
 表向きだけ、ということは、やっぱりニナの言ってたことは本当なんだろうか。
 でもそれをどう聞けばいいのか悩んでいる間に、ヴェイルさん自身があたしが欲していた答を口にする。

「だが元々は、エルレオン陛下の命を狙う刺客だったんだ。私は」

 でも、結局今度もノックの音が、あたしが聞きたいその先を阻む。
 どうして、ヴェイルさんが命を狙った相手の側近などを務めているのか。その理由は謎のまま、あたしの返事を待たずに扉は開いた。
「おはよう、我が姫」

 眩い銀が、陽光を弾いてさらに輝く。
 そんな輝きよりさらに眩しい金色の瞳が、すっと細まりあたしを射抜いた。



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