暗殺者。
 ニナの口から飛び出したその物騒な言葉に、あたしは自分の耳を疑った。
 けれど、聞き返そうとしたあたしの声は、ノックの音に遠慮がちな阻まれる。

「だ……誰ですか?」
「エ、エンネ……ですわ」

 ノックの主が名乗りを上げなかったので聞いてみると、気まずそうな声が返ってきた。
 その声と名前に、あたしとニナが顔を見合わせる。
 昨日の騒ぎを思い出してあたしは気が重くなったけれど、無視するわけにもいかない。
 困っていると、ニナが立ち上がった。

「と、とりあえず私が出ますね。ラナ様は横になっていて下さい」

 ニナはそう言うけれど、こんな大したことない傷で寝たままでは、エンネリーゼ様に失礼ではないだろうか。
 迷っている間に、ニナが部屋の扉を開く。

「申し訳ございません、エンネリーゼ王妹殿下。妃殿下は足に怪我をされ、お休みになっております」
「そのままで構いませんわ。お話がしたいだけですの」

 ニナを押しのけて、エンネは部屋の中に入ってきた。その手には、大きな花籠がある。

「お加減はいかがですか、エリザベスお義姉様。お見舞いに参りました」

 とはいうものの、昨日の今日だ。花束に爆薬が入っていてもおかしくない。
 そう思うと、受け取るのもびくびくだが、エンネリーゼ様の様子は今までとは違っていた。見事な金髪が、昨日ほど輝いていないように見えるのは、その表情に元気がないからだろうか。
 あと、名前、まだ勘違いしているし。

「ゆ、昨夜は……申し訳なかったですわ」

 視線を下に落としたまま、意外にもエンネリーゼ様が告げたのは詫びだった。
 この様子では、レオンから諭されたのだろうか。
 自らこんなことをするとは思えないし、レオンがあたしに詫びるよう、促したんじゃないだろうか。そんな風に思えた。
 丁度いいから、あたしも花籠を脇に置くと、傍らに立つエンネリーゼ様を見上げて、口を開いた。

「いいえ。あたしの方こそ、すみませんでした」

 そう言うと、エンネリーゼ様はあたしを見下ろし、大きな銀の瞳をぱちぱちさせた。

「どうして、あなたが謝るんですの?」
「昨日、あなたがレオ……エルレオン陛下のことを、蔑んでいるなんて言って。誤解でした。本当は、エンネリーゼ様は、陛下のことが大好きなんですよね?」

 そう言うと、途端にぼっとエンネリーゼ様の顔が燃えたように真っ赤になる。

「なっ……、なっ、なっ」
「昨夜、びっくりしたけど、ほっとしました。それが分かったから。それにエンネリーゼ様があたしのこと嫌いでも、仕方ないと思います。だって、あたしも、あたしなんかが陛下のお妃様に相応しいとは思わないですし」

 むしろ当然だと思う。
 多分だけど、あたしだって妹や弟が大きくなって、どこの誰だかわからない人と結婚するとか言い出したら、反対する……と思う。
 大事だから、大好きだから、その分心配も大きくなってしまうんだ。
 それでも本当に愛し合っているってわかったら、祝福するとは思うけど。
 あたしがレオンを愛しているかというと、信用すらしてないし。大体、こないだあったばかりの人だし、王様とか住む世界が違いすぎて……よくわからない。彼がもし本気だとしても、あたしには彼を愛せる自信はない。
 そんなあたしが、レオンの家族から信用されないのは当たり前だ。

「わたくし、あなたにあんなに酷いことをしたのに……責めないんですの?」
「あたしも陛下も無事だったし、もういいです」

 いや、まあ、良くはないんだけど、責めて怒らせてまたあんなことされても困るし。
 あれだけのことをしたにしては、大けがをした人がいなかったんだから、よしとすべきだろう。
 エンネリーゼ様があまりにしょげていたのと、少しの打算もあって、あたしは昨夜のことを水に流すことにした。
 エンネリーゼ様はしばらくぽかんとしていたけれど、しばらくすると、その大きな瞳にみるみる涙が盛り上がった。

「エ、エンネリーゼ様?」
「あなたの言う通りですわ。わたくし、お兄様の為に何かしたくて、幼い頃から必死に様々なことを学びました。お兄様は、本当は国になど縛られたくないお方。だからわたくしが代わりに――、でもそれをどう言い出せばいいかわからなくて、つい、わたくしの方が優秀だからと、お兄様はお飾りでいいのだと……。それ依頼、お兄様にうまく接することができなくて……、本当はただ、お兄様に自由でいて欲しかっただけなのに。お兄様が大好きなのに――」

 小さな両手で顔を覆って、エンネリーゼ様はしくしくと泣き出してしまった。
 そうやって泣きじゃくっていると、本当にあたしの妹と変わらない……まだ、ほんの子供だ。

「わたくし、悔しかったんですわ。それでも、憎まれても、それでお兄様の力になれればいいって思って今までやってきたのに、お兄様があっさり他の女の人のものになってしまうなんて……、わたくしの方がずっとずっと、お兄様のことを想ってるのに、お兄様に見てもらえないなんて。悔しくて悔しくて、何も考えられなくて……」
「エンネリーゼ様……」

 泣きじゃくるエンネリーゼ様の肩を、あたしはついぎゅっと抱きしめてしまった。
 驚いたのだろう、腕の中でエンネリーゼ様の肩がびくっと跳ねた。
 今度は打算があったわけじゃない。妹にそうするのと同じ感覚で、あたしはそうしてしまっていた。

「大丈夫ですよ。エンネリーゼ様のそのお気持ちは、必ず陛下に伝わります。家族なんですもの。想い合っていれば、それはどんな形であれきっと届きます。あたしも家族とは随分ケンカしたし、酷いことも言ったけれど、でもあたしは家族が大好きだし、家族もあたしのこと想ってくれてると思うから」

 そう言うと、またエンネリーゼ様が大きくしゃくりあげる。
 そうよね。いくらお姫様でも、国を動かすほどの能力を持っていても、まだこんなに小さいんだもの。
 心だけは、そんなにすぐ成長できないよね。

 ついに声をあげてわんわん泣くエンネリーゼ様の肩を、とんとんと優しく叩く。
 そうやってひとしきり泣いた後、エンネリーゼ様はそっとあたしの腕から抜け出すと、赤みが差す銀色の瞳をこすった。

「……ありがとう、エリザベスお義姉様」

 そしてそんなことを言うんで、あたしはつい、ぷっと吹き出してしまった。
 怪訝そうにあたしを見るエンネリーゼ様に向かって、あたしはその訳を説明する。

「エンネリーゼ様、あたしエリザベスなんて名前じゃないんです。本当はラナって言うんです」
「え? でもお兄様が……」
「貧相な名前だからって、本名で呼んでくれないんですよ」

 それを聞いて、エンネリーゼ様も、涙目のまま吹き出した。

「……お兄様らしいですわ」

 ニナと同じようなことを言って、エンネリーゼ様がくすくすと笑う。それを見て、あたしも笑った。
 彼女とこんな風に笑いあえるなんて昨夜は夢にも思わなかったから、なんだか嬉しい。

「あと、『お義姉さん』もやめて下さい。正式に決まったわけじゃないですし」
「では、わたくしもエンネで構いませんわ」
「でも、それは……」
「いいんです。……何故お兄様があなたを選んだのか、わかった気がしますわ。ラナ」

 意外なことを言われて、あたしは慌てた。違うんだって言い訳をしようと慌てていると、

「――でも!」

 そう言って、びっとエンネリーゼ様が……エンネが、あたしを指差して叫ぶ。

「でもそれとこれとは話が別ですわ! あなたにお兄様は絶対に渡しませんから!」

 すっかりいつもの調子に戻ってそう宣言し、エンネは部屋を出て行った。
 うん。なんだかわからないけど、元気になって良かった。
 とりあえずそう思ってから笑いするしかない。そんなあたしを見て、ニナもまた、ふふっと笑った。        



BACK / TOP / NEXT

Copyright (C) 2011 kouh, All rights reserved.