「おはようございます、ラナ様。お加減はいかがですか?」

 扉を叩くニナの声に、あたしは目を覚ました。
 窓の外を見ると、カーテンを通して見える太陽は、ずいぶん高いところにある。いったいあたしはどれくらい寝てしまったのだろうか。

 慌てて返事をして起き上がると、扉が開いて薬箱を持ったニナが現れた。

「ごめんなさい。まだお休みだったのですね」
「ううん、あたしが寝すぎちゃっただけ。起こしてくれてありがとう」
「無理もないです。昨夜あんなことがあったばかりですから……ああ、起き上がらないで下さい。怪我をされていますでしょう」
「怪我ってほどじゃないわ。ちょっと足を擦りむいただけで……」

 裸足で壊れた石の床を走ったせいで、確かに足の裏やくるぶしあたりが傷だらけになったけれど。
 こんな擦り傷や切り傷、畑仕事や家事をしてたら日常茶飯事で、こんなのを怪我だなんて言われたら笑ってしまう。
 あたしに言わせりゃ、唾つけてなすっとけば、って感じだもんね。
 なのに、傷にはご丁寧に包帯が巻かれ、まるで大怪我でもしたかのように扱われていて、なんだかなという感じである。

「いけません。傷に障ります。陛下も、今日はゆっくり休むようにと仰っていました」

 そんな大げさな。
 子供達とかけっこしても差し支えないくらいなのに、あたしはベッドから出してもらえないまま、高級そうなガウンを掛けられ、たいしたことない傷の包帯を代えられた。もう血なんかとっくに止まってるのに……。
 それより、包帯を代えてくれてるニナの手の方が、あちこちひび割れていてずっと痛そうだ。

「ねぇ、ニナの手の方が荒れているじゃない。あたしなんかよりよっぽど痛そうよ?」
「ラナ様は王妃さまとなられる御身です。私のような、下賤の者とは違うのですよ」

 なんだそれ。
 王様が偉い人ってことは分かっているけど、痛みは誰しも平等でしょうに。
 不満そうなあたしの顔を見て、ニナは苦笑した。

「陛下や王妹殿下、ラナ様と違い、私などいなくともいくらでも代わりが利く身。違うのは当たり前です」
「そんなの変だわ。ううん、王様が偉いのはわかるわ、国を治めているんだからいなくなったら困るし……、でもあたしは何もしてない」
「その陛下にとって、ラナ様がかけがえない存在だからです」
「そ、そんなこと……あるわけないわよ。それに、それならニナの家族だって、ニナのことをかけがえなく思っている筈よ」

 そんな問答のあと、ニナはふっと笑みを消した。
 それを不思議に思ってじっと彼女を見つめていると、あたしの手当てを終えて、ニナが腰を上げる。
 それから、彼女はぽつりと呟いた。

「ラナ様、私は孤児なのです」

 思わぬ告白に、あたしは息を飲んだ。
 それからあたしはぎゅっと手を握り締め、ひたすら自分の軽率な発言を悔いた。

「ごめんなさい……」

 とにかく、謝らないとと思ってそう口にする。でもニナは笑顔に戻ると、ゆっくりと首を左右に振った。

「違うんです。そんな、孤児で行く当てのない私などを、陛下は使って下さっているのですよ。野良犬のように、ただその日を生きるのに精いっぱいだった私を。そんな陛下だから、ラナ様への想いは本当だと、私は思います」

 ニナは――人から言われたからレオンを敬うのではなく、自分の意志でそうしているのだと。
 そう言わんばかりの言葉に、あたしの迷いは深くなっていく。
 騙されまいと頑なになっていた心がほぐれてしまいそうなのに、あたしは自分で戸惑いを覚えていた。

「私だけではありません。ヴェイル様だって――」

 けれど、ニナがそう呟いたことによって、あたしの興味はそちらに逸れる。
 あたしはベッドに両手をついて、ニナの方へ身を乗り出した。

「ねえ、ヴェイルさんって何者なの? レオンの側近って聞いたけれど、家来っていう風にあまり見えなくて……」
「あ……」

 きっとただの独り言だったのだろう。
 少し慌てたように、ニナは自分の口を押さえ、それから気まずそうな顔をした。

「ニナから聞いたって言わないわ。それとも、そんなに聞いたらまずいこと?」
「いえ……、そういうわけではありませんが……。この城の者は皆知っていることです」

 伏し目がちに、ニナはそう答えると、包帯を仕舞って顔を上げた。
 そして彼女から告げられた言葉は、予想もしない、いやできるわけもない言葉で。

「ヴェイル様は、元々レオン様に差し向けられた暗殺者だったんです」  



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