半壊した床は今にも崩れそうだったけれど、そんなことも忘れてあたしは裸足で走っていた。
 あたしの呼び声にレオンがこちらを振り返り、そしてそんなあたしを見て、珍しく焦ったような顔をする。

「危ない、来るな!」

 自分は、壊れた床に乗っても、砲台を向けられても平然としていたのに。
 なのになんで、今そんな顔をするの。
 いつも涼しい顔で笑っているのに、どうしてあたしが危ないことをしたら、そんなに余裕のない顔をするの。
 
 それ以上に、どうしてあたしは――レオンのために、危ないことをしようとしているんだろう。
 あたしは、今でもレオンは、あたしを騙して嘲笑うつもりなんだって思っている。
 でも、それならそれでいい。
 けどもし違ったら。
 ありえないけれど、もしも万一、レオンが嘘をついていないなら。
 あたしのせいで、あたしの代わりに、レオンが怪我してしまう。
 ううん、あんなものが直撃したら。そうじゃなくても、崩壊に巻き込まれて下に落ちてしまったら。
 怪我じゃすまないかもしれない。

 そう思ったら、自然に足が動いていた。
 笑われるならそれでいい。でも、エンネリーゼ様が狙っているのはあたしなのに、それで他の人が傷つくのは嫌。
 レオンだからっていうわけじゃない。
 そんな言い訳を自分にしながら、レオンの前に立ちはだかろうとしたあたしの腕を、レオンが強い力で掴む。

「レオ――」
「ヴェイル!」

 あたしの頭を抱きよせながら、レオンが鋭くヴェイルさんを呼んだ。
 その声が終わらぬうちに、ヴェイルさんが床を蹴って、壊れた壁から外に向かってダイブする。

「ヴェイルさん!?」

 思わぬ行動にまたあたしは悲鳴をあげた。咄嗟に身を乗り出し掛けたけれど、ぐい、とレオンに抱きすくめられる。

「は、離して。ヴェイルさんが――」
「大丈夫だ。ヴェイルも、そして俺達もな」

 レオンの声と表情には、もう余裕が戻っている。
 頭から手を離されて外を見下ろすと、ヴェイルさんは途中のテラスや城壁を伝って、あっという間に中庭へと降りていた。ううん、あっという間もなかったかもしれない。
 エンネリーゼ様はもちろん、兵隊の誰もが反応できないでいるうちに、ヴェイルさんが砲台の前にすたんと降り立つと、それと同時に砲身が玉ごと斬られて地面に落ちる。
 いつの間にかヴェイルさんの手には剣が握られていた。いつ抜いたのか、全然わからなかった。

「凄い……」
「俺の方がもっと凄いぞ」

 拗ねたような声が降ってきて、呆れる。なんでそこで張り合おうとするんだろう。

「なら、レオンがやれば良かったじゃないの」
「そうしても良かったが、我が姫を抱き締める方が俺にとっては重要だ」

 真顔でそう言われて、顔が煮えたぎる。

「ば……っ、馬鹿なこと言わないで! こんなときに!」
「こんなときでもなければ、触れさせてくれないからな。……まぁ、ヴェイルが有能なのは認めるが、お前には俺だけを見ていて欲しいんだ」

 どうして、この人は、そんな恥ずかしい事を臆面もなく言えるのだろうか。
 ……そして、そんな言葉が、どうしようもなく――似合うのだろうか。
 直視できなくなって目を逸らしたあたしを抱き上げて、再びレオンはエンネリーゼ様を見下ろした。

「少しおいたがすぎるんじゃないか、エンネ」
「お……お兄様!?」

 ヴェイルの登場に呆けていたらしいエンネリーゼ様が、レオンの声を聞いて悲鳴のような声を上げる。

「ど、どうしてお兄様が! だって、お部屋に戻られたって……」
「戻ったよ。だけどこんなに派手に騒いだら誰だって何事かと思うだろう。まったくお前は、頭がいいのにどうしてそんな簡単なことがわからない?」
「だ、だって……」

 片手であたしを軽々と抱いたまま、もう片手でレオンが肩を竦める。
 そんな皮肉めいたレオンの声を聞いて、エンネリーゼ様の声が涙交じりに掠れた。

「……お、お兄様がいけないのですわ! だって、わたくしになんの相談もなく……! いきなり城を離れて、帰ってきたら結婚するだなんて! そんな大事なこと、どうして一人で決めてしまわれるのです。お兄様はいつも勝手ですわ! わたくしの言うことなんて、いつも聞いてくださらない……!」
「それは俺が悪かった。それに、俺はお前に恨まれても仕方ない身だ。だが、これはさすがにやりすぎだと解っているな?」
「わたくしは……、お兄様を恨んでなど…………」

 さっきまで喚いていたのが嘘のように、エンネリーゼ様の声には力がなくなって、そのまま消える。
 違うよ、レオン。エンネリーゼ様が恨んでいるのは、レオンじゃなくてあたしなんだよ。
 あなたが馬鹿げたことを言うから、あたしだけじゃなくて、皆が戸惑っている。
 もしレオンが本気なら、余計に……あたしはここにいるべきじゃない。
 お咎めを受けるか、村に帰るか。そうしないと、城の人達が混乱してしまう。

「解ったなら、エンネ。このことはもう咎めないから、部屋に帰りなさい」

 有無を言わさぬ口調で告げると、レオンはあたしを抱いたまま、何も言えないエンネリーゼ様を置き去りにくるりと踵を返した。  



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