レオンは、この部屋の惨状を見てもさして動揺した様子はなく、つかつかとこちらに歩いてくる。
 テラスの方へ向かおうとしていたように見えたけど、彼はあたしの前に差しかかるとピタリとその足を止めた。

「……ヴェイル。俺はお前に我が姫を守って貰った礼を言うべきか、それとも我が妻となるべき女の寝室に侵入したことを咎めるべきか?」
「好きになされば宜しいでしょう」

 レオンが声をかけたのはあたしではなくヴェイルの方。そしてその内容は、ほとほと馬鹿らしいものだった。
 でもヴェイルさんは、無表情でそうばっさり切り捨てる。下手をすれば咎めかねられないというのに、焦りひとつ見られない。
 二人とも背が高いから、精いっぱい首を伸ばしてそんな二人の様子を窺う。
 ……ヴェイルさんはレオンの側近、の筈なのに、どうしてか二人の間には、いつも一触即発の空気がある。

「ただ、私は予め陛下に申し上げていた筈です。結婚相手の女性など城におけば、エンネリーゼ様が黙ってはいないと。なのに何故彼女の元を離れたのですか」

 そうヴェイルさんに鋭く切り込まれると、レオンはそこで初めて表情を動かした。
 複雑な表情の中に、去り際の、あの傷ついたような顔が少しだけ混じり、また胸がズキリと痛む。

「あ、あの……」
「一人にしろと言われた」

 何か言おうとしたけど、やっぱり言葉にならなかった。
 レオンの表情は、もういつも通りに戻っていたけれど、なんだか苦いものがあたしの中に残る。
 なんで、あたしがこんな気持ちにならなきゃいけないの。
 そんなレオンとあたしを交互に見ると、ヴェイルさんは無表情のまま、けれどふう、と珍しくため息をついた。

「どうせ陛下が迫ったんでしょう」
「惚れた女に触れたいと思って何が悪い」

 ふんぞり返ってレオンがそう言い、ヴェイルさんは呆れた顔をしたけれど、あたしは鼓動が早くなろうとするのを必死でおさえていた。
 違う。違う。こんなの全部冗談なんだから。
 真に受けちゃ、駄目なんだから。

「でてきなさいな、このドロボウ猫! 二度とお兄様の前に現れないよう、わたくしがこの場で葬り去ってくれますわ!!」

 下からは、なおもエンネリーゼ様のかな切り声が続いている。
 それを聞いたレオンはつい、とヴェイルさんから目を逸らすと、再び爪先をそちらの方に向けた。

「ヴェイル。俺が傍に居られないときは、我が姫の護衛をお前に命ずる。ただし手を出したら殺す」
「は」

 こちらに背を向けてからレオンがそんな言葉を落とし――終わりについた馬鹿げた警告にもまた、ヴェイルさんは動じずに、短く返事を返す。
 本当に、レオンとヴェイルさんってどんな間柄なんだろう。
 そんなことを勘繰ってみても、答なんてわかる筈もなく。
 崩壊したテラスの方へすたすた歩いていくレオンをヴェイルさんも追うので、あたしもびくびくしながらそちらへ向かった。

 壁がなくなってしまったので、よく外が見える。
 もう少しだけ近づいて目を凝らすと、下の中庭のようなところでエンネリーゼ様が兵隊さんを引き連れ、砲台をこちらに向けているのが確認できた。
 あんなもの撃ったのか。なんてめちゃくちゃな子だ。

「聞こえませんの!? 出てきなさい! 出てこないともう一発撃ちこみますわよ!」

 その声に応じるように、レオンが床がなくなるぎりぎりのところまで歩いていき、立ち止まる。

「ふふ、観念したようですわね。なら、消えなさい!」

 それを見て、エンネリーゼ様が合図のように手を振り下ろす。
 まずい。
 兵隊の持つ松明のおかげで、こちらからはエンネリーゼ様の姿がよく見える。
 でもこの部屋には灯りがない。
 向こうの灯りもここまでは届かないから、人影は確認できても、エンネリーゼ様にはそれがレオンだってことはわからないんだ。
 完全に、あたしだと思いこんでいるんだろう。

 エンネリーゼ様の合図で、兵隊が大砲の玉を入れる。

「――――レオン!!」

 それが見えて、あたしは咄嗟に駆けだしていた。



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