その夜あたしは夢を見た。

 十数人のメイドさんがあたしを取り巻き、目も眩むようなドレスを着せられ、髪を結われて、色とりどりの宝石がちりばめられたティアラを載せられるのだ。
 そして着飾ったあたしがしずしずと歩いて行くと、すっと白い手が差し伸べられる。
 その手を取って見上げた先で、レオンが微笑んで、そっとあたしに顔を近づけて――

「――ひいいいいいい!!」

 あわや唇が触れるかという瞬間で、あたしは悲鳴を上げて飛び起きた。
 悪夢だ。悪夢を見た。
 暑い季節でもないのに額に浮かんだ汗を拭って、あたしは再びベッドに潜りこんだ。
 気を取り直して寝なおそうと思ったのに、目を閉じるとさっきの夢が浮かんでくる。
 景色とかドレスのデザインとか、細かいところはいかにも夢って感じでむちゃくちゃだったけど、笑うレオンのその顔だけは、やけにリアルで鮮明だった。――その、幸せそうな、嬉しそうな笑顔が。あたしのまどろみの邪魔をする。

「ッ、だめだめ! そんなのあるわけない! 絶ッ対騙されないんだからッ!!」

 思わず大きな独り言と共に、再び飛び起きた――その刹那。

 ドォォォン! という、あたしの独り言なんて比じゃないほどの轟音が、あたしの耳をつんざいて。
 唖然として動けないあたしの目の前で、窓ガラスは砕けて散らかり、テラスが崩れて落ちていく。
 そのガラガラという音で我に返り、あたしは裸足のままベッドから飛び降りた。

「な……何? なんなの?」

 おそるおそる壊れたテラスに近づいていくと、急に背後から腕を掴まれる。
 けれど、あたしの悲鳴は再びの轟音に飲み込まれた。そのときには体を誰かに抱えられ、ふわりと足が地面から離れる。
 激しい揺れと衝撃がおさまって目を開けると、今さっきあたしが立っていた場所が、無残にも崩壊して下の階が見えていた。

「怪我はないか」

 あまりの事態に震えあがっていると、聞き覚えのある声が降ってくる。
 見上げると、黒髪の青年があたしを抱きあげて立っていた。

「ヴェイル、さん?」
「勝手に入って済まない。だが鍵をかけていなくて良かった。こんなことになるのではと思っていた」

 城に来る前、あたしを村に帰そうとしてくれた人――確かレオンの側近だと言っていた――ヴェイルさんが、げっそりした顔でため息と共にそう呟く。
 どういうこと、と聞きたかったけど、こんな状況だというのにお姫様だっこされているこの事態が気になって中々声が出てこない。
 だって、あのきらきらなレオンと並ぶとどうしても影になってしまうけど、ヴェイルさんだって充分すぎるほど整った顔をしているんだもの。
 そんな綺麗な男の人に、あたしは裸足に夜着のまま抱かれているのである。

「あ……あの……」

 あたしが言葉にならないうめき声を上げていると、察してくれたのかそれともただの偶然か、ヴェイルさんはあたしを下に下ろしてくれた。
 ようやくまともに呼吸ができた気がして、あたしは深呼吸をひとつすると、気になっていたことを口にする。

「え、えっと、これ、なんなんですか? 戦争でもやってるんですか?」
「違う。戦争なんかより厄介だ。言ったろう、城に行けば厄介なことになると」

 ちらりとこちらを一瞥して、疲れたようにヴェイルさんが呟く。
 そんなこと言われても、好きで来たわけじゃないから困る。あたしだって、そんなこと言われて、できれば来たくなかったわよ。
 けれど、ヴェイルさんはあたしを助けてくれたのだ。そんな不満をぐっと飲み込んでいると、ヴェイルさんは壊れた箇所から身を乗り出して下を見た。それと同時に、下から甲高い声がきゃんきゃん響いてくる。

「出てきなさい、エリザベス!! あなたのような田舎娘にお兄様は渡さなくてよ!! お兄様に相応しいのは、もっと美しくて、聡明な……、ううん、お兄様と釣り合う女なんて、いないんだからーーーッ!!!」

 名前違うし。
 それにしても……、よくよく叫んでいる内容を聞いてみると、単純なあたしへの悪意だけじゃない気がした。
 どこか悲痛にも聞こえるその声に滲むのは……羨望、ううん、嫉妬。そんな気がする。
 最初あったときにはレオンのことを悪し様に言ってて、あたしもついかっとしてしまったけど。
 この子、ほんとうは、レオンが――お兄ちゃんのことが、大好きなんじゃないだろうか。

「まったく、困った子だね」

 レオンの声が部屋に響いたのは、あたしがそんな考えに行きついたときだった。    



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