だだっ広い部屋に一人残されてしまうと、急に寂しくなった。
 家族はどうしているだろう。あたしがいなくなって、弟や妹たちのご飯はどうしているだろう。お母さん、無理しすぎて倒れているんじゃないだろうか。
 うちはほとんど自給自足の生活だったけど、さすがに全くお金がなければたち行かない。
 お母さんが一日かけて織った布を僅かなお金に変えて、それでを家計の足しにしていた。だから、畑仕事や家事は、全部あたしの仕事だった。
 弟や妹はよく手伝ってくれたけど、一人でやるにはまだ小さい。
 
 遠く離れてしまった家族達を思ってしんみり涙を流していると、とんとんと扉を叩く音がした。

「だ、誰……?」

 慌てて涙を拭きながら恐る恐る答える。レオンが戻ってきたのかと思ったけれど、部屋の外から聞こえたのは女の人の声だった。

「お休みのお手伝いを致します。入ってもよろしいでしょうか」

 そう言われてみて、ふと気がつく。
 あたしはコルセットをつけられ、豪華なドレスを着たままで、このままじゃとても眠れない。
 かといって着替えもないし、ドレスなんか着たことないあたしは、一人でこれを脱ぐのなんてとても無理だ。

「は、はいお願いします」

 素直に甘えることにすると、さっきお風呂でお世話になったメイドさんが部屋の中に入ってくる。

「あの……すみません。あたし、どうやって脱いだらいいかわからなくて……お願いします」

 そう言って頭を下げると、メイドさんは驚いたような、戸惑ったような顔をしてから、やわらかに微笑んだ。

「普通は一人で着脱はできないですよ。大丈夫です、お手伝いしますから」

 それから彼女は手際よくドレスを脱がしてくれて、コルセットを外してくれる。きつく締めあげられた紐を解かれた瞬間、ほっと息が零れた。
 こんなのを日中ずっと着けていなくちゃならないなんて、着飾るのって大変なんだなぁ。
 渡された夜着はさすがに自分でも着られる作りだったけれど、やっぱり自分でやるというあたしの申し出は却下されて、あたしは着せ替え人形のように立っているだけだった。

「髪を下ろしますので、あそこに座って頂けますか」

 着替えが終わると今度は鏡台の前の椅子を差され、言われるがまま腰を下ろす。
 メイドさんが、一本ずつ丁寧にピンを外していき、見る間に鏡台の上には山のようにピンが積み重なった。いったい、何か所留めていたんだろう。
 それが終わると、今度は櫛を通される。
 人に何かをやってもらうことに慣れていないあたしは、人が動いているのに自分がただ座っているこの状況に、お尻がむずむずしてしまう。

「……そんなに恐縮なさらなくても大丈夫ですよ」

 そんなあたしの心境が伝わったのか、メイドさんが不意にそんなことを口にする。

「で、でもあたし……昨日まで野良仕事してたような、ただの村娘よ。こんなことしてもらうような身分じゃないのに……」
「でも今は王妃さまとなられるお方です。堂々と座っていればいいのですよ」
「そんなの、とても信じられないもの……。レオ……王様が、何を考えているのかちっとも分からないし。お咎めを食らうんじゃないかと、今だって冷や冷やしているの」
「わかりますよ。陛下はあんな方ですから――あ、すみません。出過ぎた口を」

 今までの畏まった口調ではなく、メイドさんの声に親しみが滲む。けれど、すぐに口を噤んでしまったので、あたしは慌てて首を振った。

「ううん、全然。普通に話してくれた方が嬉しい。王妃だなんて言われたら怖いの。全然現実感がないんだもの」

 あたしが首を振ったせいもあって、メイドさんは櫛を入れる手を止めた。
 少しの間彼女は考えていたけれど、あたしの必死のまなざしを受けて、ふと表情に笑みを戻す。

「陛下は本当に破天荒な方ですからね。城中の者が、王妃さまが苦労してるのではないかと心配しているんですよ」
「……そう、なの?」

 エンネリーゼ様の、恨みが篭った瞳を思い出すと、とてもそんな風には思えなかったのだけれど。

「ええ。それにメイドはふつう平民ですから、王妃さまの気持ちはわかります」

 そう言ってにこっとメイドさんが笑う。親しみのこもった笑顔はどう見ても、あたしを陥れようとしているようには見えなかった。
 同い年くらいの女の子だから、ほっとできるのかもしれない。
 
「そっか……ありがとう。あなたの名前、教えてもらってもいい?」
「あ、失礼いたしました。これから王妃さまのお世話を努めさせて頂く、ニナと申します」
「ニナ。あたし、ラナって言うの。似てるわね。何か嬉しい。ねえ、王妃様って呼ぶのやめて欲しいの。まだ決まったわけじゃなし、全然現実感がないし……、ラナって呼んで欲しい」
「え? 陛下はエリザベス様とお呼びしてましたが……」
「貧相な名前だからって、勝手に違う名前で呼ぶのよ。しかも、呼ぶ度に違うの」

 あたしが口をとがらせると、メイドさん――ニナは、口元に手を当ててふふっと笑った。

「陛下らしいです」
「笑い事じゃないわ。失礼にも程があるわよ。……あ、王様に対して失礼だけれど……」

 思わず本音をこぼしてしまって、慌ててあたしはくちを両手で塞ぐと、もごもごと呟いた。
 けれど相変わらずニナは肩を震わせて笑っている。

「でも、私を王妃さま……ラナ様のお世話にと命じたのは陛下なんですよ。本当だったら、私のような若いメイドが王妃さまのお世話をさせて頂くことはないのですが、同じくらいの歳の方がラナ様が安心なさるだろうって」

 意外なことを聞いて、あたしが驚いて何も言えないでいると、ニナが櫛を通すのを再開する。

「もちろん、私以外にも多くのメイドがこれから王妃さまのお世話をさせて頂きますが、何かあったらニナに申しつけてくださいませ。私が正式な、王妃様付きの侍女になりますので。どうぞ宜しくお願い致します」

 櫛を通し終えて、ニナが頭を下げる。
 役目を終えて彼女は退室していったけど、コルセットを外したとき以上にあたしの心は軽くなっていた。
 まだ、レオンを信じきることはできないし、家のことは心配だし、不安も寂しさもあるけれど。
 それでもニナのおかげで、あたしはなんとか眠りにつくことができた。



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