甲高いその声が通り抜けると同時に、ひざまずいていた人達が、ざざっと道を開ける。
 その向こうに見えたのは、まるでお人形さんのようにきれいな女の子だった。
 地面に届きそうなほど長い金色の髪は、まるで太陽みたいに眩しくて、銀色の瞳は神秘的な虹彩を放つ。
 きっと陽の下に出たことがないんだろうと思うような、白い白い肌に映える、薄桃色の頬と唇。ヒマワリ色をした薄絹のドレスがこれ以上ないほどよく似合っている。

「よく来た、エンネ。俺の妃を連れ帰った。仲良くするんだぞ」

 そのお人形さんのような子に向かって、レオンはあたしを指し示してそんなことを言う。
 そしてこの期に及んでそんなことを言うレオンに、あたしは驚きと戸惑いを隠せなかった。
 お城に着いたら牢屋に入れられ、王様があたしみたいな貧しい村娘を相手にするわけがないと城中から笑われ、罵られると思っていたのに。
 もしかして、レオンはあたしが信じるまで、このお芝居を続ける気なのだろうか。
 信じて着き落としてあたしが絶望のどん底まで落ちないと駄目なのだろうか。
 ……でもあたしは信じない。騙されない。そう思ってぎゅっとスカートを握り締めていたのだが。

「なにを仰っているんですか、お兄様! そんな貧相な娘がお兄様の妃などと……!」

 わなわなと全身を震わせて、金色の髪の女の子が怒りの声を上げる。
 みんなでお芝居をする気かと思ったら、違った。
 とても失礼なことを言われて悔しい気持ちと、そりゃそうだろう、この城にあたしなんて場違いもいいところだという、二つの相反する気持ちが胸の中を行ったり来たりする。

 その間に、彼女はカツカツとヒールで石の地面を打ちながら、小さな肩を怒らせてこちらに向かって近寄ってきた。
 そして、あたしの前でぴたりと立ち止り、こちらを見上げて、キッ! と睨みつける。
 微笑んだら、きっとどんな人でも即座に魅了されてしまいそうな可愛らしい顔を、憤怒の表情にして。

「こんなみすぼらしい娘と仲良くできるものですか! いくらお飾りとはいえ、お兄様はこの国の王なのです! いくらわたくしが優秀だとはいえ、少しは自覚を持って頂かなくては困りますわ! こんな娘が王妃など、民が認めるものですか!」
 
 まるで汚いものでも見るように、彼女はついっとあたしから顔を背けると、両手を腰に当ててきゃんきゃんと喚き立てる。
 どうやら、この子はレオンの妹みたいだ。というと、実際にこの国のまつりごとをしているのは彼女ということになる。
 けれど、とてもそうは見えないほど彼女は幼かった。チビのあたしよりさらに小さな背で、腕も腰も折れそうなほど細くて、こんな小さな子がこの国を治めているなんて、とても信じられない。

 そんな小さな子に三度もこんな娘呼ばわりされれば、さすがのあたしもかちんとくる。
 でもそれよりも、自分の兄をお飾り呼ばわりしていることも気になった。レオンが自分をお飾りだって言ってるのは、多分この子のせいなんだろう。
 けれどあのときもそうだったように、今もレオンはそんなことには全く構わず、いつも通り微笑んだままあたしに向かって声をかける。

「エリザベス、この子はエンネリーゼ=ヴェルハイム、俺の妹だ」
「お兄様、わたくしの話を聞いていまして!?」

 あたしが何か答える前に、エンネリーゼ様が叫んでいた。
 
「もういい加減にして下さいませお兄様! 人の話は聞かない、勝手に城を出て行く、挙句の果てにはどこの馬の骨かもわからぬ村娘を王妃にするなど、王として許されることではありませんわ! お飾りならせめてお飾りらしく、王らしく振舞ったらいかがですの! あなたもあなたですわ! 自分が王妃になれるわけがないことなどお分かりでしょうに! 財産と権力に目が眩んで、物も考えられなくなったんですの!? ほら、なんとか言ってご覧なさいな!」

 さっきの比ではないほど、さらにキーキーとまくし立てた後、手にした扇をあたしに向けて怒り心頭とばかりにそう言い放つ。
 あたしが何も答えられないでいると、「ほら、早く!」 とヒステリー気味に促されたので、仕方なくあたしは口を開いた。

「じ、自分のお兄さんをお飾りだなんて蔑むのは、よくないと、思います」

 あたしの言葉に、エンネリーゼ様が凍りついたように動きを止める。
 自分が馬鹿なことを言った自覚はあった。
 けれど、八人兄弟の長姉として、そこはどうしても気になるのである。
 かちんとは来るけど、実際に貧乏村娘のあたしは、貧相だのなんだの言われても仕方ない。財産や権力目当てでここに来たわけでは決してないけど、そう思われても仕方ないのかなって思う。
 だけどレオンは身内でしょうに。
 貶められているのが自分の家族なら、あたしだって黙っていられなかった。
 世界中が敵でも、家族だけは味方。それが、小さな村で肩寄せ合って生きてきたあたしにとっての価値観だった。
 だから、エンネリーゼ様が、平気でレオンのことを悪く言うのが信じられなかったのだ。

 でも、これであたしの牢屋行きは確実だ。
 レオンが手を伸ばしたのを見て、あたしは捕えられるのだと、びくっと体を震わせた。
 そんなあたしを、ふわっと温かいものが包み込む。

「……ッ!?」

 あたしは確かに捕えられていた。――レオンの胸の中に。

「エンネの言うことは事実だ。しかし、俺を慮ってくれて――ありがとう」

 ぎゅっと抱きしめられて耳元で囁かれ、息が止まる。
 それからレオンはあたしを抱きあげると、まだ凍りついているエンネリーゼ様を尻目に、ひざまずく兵達の間をゆうゆうと歩き出したのだった。



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