それからあたしは、野球チームをつくりたいとほざきながら迫るレオンの魔の手を交わしつつ一夜を明かした。
 そんな悪夢のような夜が過ぎると、また朝から馬車に揺られる。そして日暮れ前には、大きな街が見えてきた。

「ごらん、あれが我が城だ」

 レオンが笑いながらあたしを窓辺に誘う。ヴェイルに言われたことが重石のように心にのしかかっていて、とてもそんな気分ではなかったけれど、強引に手を引かれたので仕方なく窓に寄って外を覗いた。

「うわ……ぁ」

 けどそこで、不覚にもあたしは感嘆の声を上げてしまった。
 レオンが満足そうに目を細めたのが視界の端に映って、余計に悔しかったけれど。白亜の城がはっきりと見えてくるにつれ、次第にそれも気にならなくなっていた。
 小さな家が数十件の村で暮らしていたあたしにとって、都はそれくらい壮観だったのだ。
 ひしめくように連なる街並み、そしてそれが丸ごと中に入ってしまうんじゃないかというくらい、大きくてきれいで立派なお城。
 でもそれを見たら、余計にあんなところで暮らすなんていう事態は想像できなくなってしまった。

「どうだ、我が姫。今日からあそこが、君の暮らす場所だ」

 そんなあたしの心を読んだように、レオンがそんなことを言う。
 でもやっぱり信じられない。こんなの嘘だ。舞い上がったらそれだけ、絶望まで落ちる距離が増えるだけ。
 そこから這いあがれる自信なんて既にないのに。
 あの城に近づくほど、その瞬間が近くなってくるということ。
 なのに、いざ馬車が都に入ってみれば、あたしは高揚感を押さえられなくなっていた。

 綺麗に舗装された道も、着飾った人達も、お店に並ぶ見たことないような品々も、見るもの全てがあたしの目を楽しませるので困る。
 窓に貼りつくようにして外を見ていたら、横からくすくす笑う声が聞こえてきたけれどあたしはそれを無視して外を見ていた。
 これからどうなるか分からない身だ、変な我慢をしても仕方ない。

 やがて馬車は市街地を抜けると、おおきな橋を渡り始めた。
 その先には、もはや視界にはおさまりきらない大きな大きなお城が待ち構えている。
 そして、そして、とうとう馬車は止まった。
 扉が開き、レオンが馬車を降りて、あたしに向かって手を差し伸べる。

「ようこそ、我が城へ」

 ぼうっとしていたあたしは、無意識にその手を取ってしまった。
 レオンの体温が手の平に伝わって、はっとして慌てたときには、もうしっかりとレオンに手を握られている。
 仕方なくそのまま馬車を降りるけれど、そんな些細な攻防は、やっぱり次の瞬間には頭の中から吹き飛んでしまう。

「すごい……」

 天にも届きそうなくらい高々とそびえ立つ荘厳なお城の前で、あたしは凍りついてしまった。
 近くで見ると、なお一層凄い。
 それだけでも凄いのに、レオンが降り立つなりばたばたとたくさんの人が城から出てきて、あたし達の前にひざまずく。

「お帰りなさいませ、陛下」

 そしてぴたりと声を揃えてそう言い、恭しく頭を垂れる。

「うむ、出迎えご苦労」

 あたしなど、あたふたして居辛くなってしまっているというのに、レオンはさも当たり前のように一言投げかける。
 何様だという態度だが、そんな偉そうな言葉を投げかけられても、ひざまずく人達は「ははーっ」とさもそれが光栄なことであるかのように、頭を下げ続けるだけだ。
 ああ……そうか。何様じゃない。王様なんだ。
 それはもう認めていた筈なのに、今やっと実感した気がする。
 思わず、その威厳に満ちた綺麗な横顔を眺めていたら、レオンはこちらを見てにやりと笑った。

「どうした我が姫。見惚れたか」
「ちッ、違いま……!」

 実際は図星だったのだけどなんとなく悔しくて、思わず口応えしそうになったそのとき。

「お兄様!」

 そんな呼び声に、あたしの声は掻き消された。  



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