勝負は一瞬だった。
 馬がレオンの横を走り抜けたと思ったら、前に乗っていたヴェイルさんがどさりと馬から落ちる。あたしには、今の一瞬に何が起こったのか全く分からない。
 それからレオンはいつの間にか抜いていた剣をそのままに馬を下りると、あたしの縄をほどいてくれた。
 自由を得たあたしは口を塞いでいた布を外し、ぷはっと大きく息をつく。

「さてヴェイル。主君である俺に刃向かったんだ。覚悟はできているな?」

 ちき、とレオンがヴェイルさんに剣をつきつけたのを見て、あたしは思わずレオンの前に飛び出していた。

「ま、待って下さい王様! 馬から落ちたんです、この人きっと怪我してます! 何も殺さなくても!」
「たかだか馬から落ちたくらいで、この男が怪我などするものか。それに、お前は攫われかけたんだぞ。庇う必要などない」
「で、でも……」

 レオンが冷たく言い放つ。
 あたしにふざけたことを言っていたときとは別人のようなレオンの態度にたじろぐけれど、平和な村で生きていたあたしは、目の前で人が殺されるなんてこと見てられない。しかも、あたしが原因なのだ。
 だからその場からどけずにいると、あたしの背後でヴェイルさんが起き上がる気配がした。
 良かった。レオンの言う通り、大きな怪我はしてないみたい。

「……わかった」

 ほっと安堵の息をついたあたしを見て、しぶしぶながらもレオンが頷く。
 けれど、それだけでは終わらなかった。

「その代わり、条件がある」
「……何ですか?」

 そんなことを言われ、頭の配線がおかしいド変態の王様から出される条件を考えて、あたしは身構えたけれど。
 その内容は、意外なものだった。

「俺のことは王様ではなく、無論陛下やエルレオン様でもなく、レオンと呼べ。その拙い敬語もやめろ。それが条件だ」

 その言葉に咄嗟に反応できず、あたしはしばらくきょとんとして、ただレオンを見上げていた。
 それって、不敬罪とかになるのではないだろうか。
 王都から遠く離れた村に過ごしていたって王様が偉い人だなんてことは皆知ってる。世間話に出すときだって、王様を呼び捨てになんてしない。それを、愛称のようなもので呼び捨てにするのは抵抗がある。

「どうした、早く呼べ」

 けれど剣をこちらに向けられたまま催促されて、あたしはごくりと息を飲み込むと深呼吸した。
 どの道、あたしは既に国王に不敬を働いた身の程知らずの罪人だ。
 今更罪が増えたからって一緒なことだ。でもそうすれば、ヴェイルさんは助かるんだ。
 
 ヴェイルさんは、やり方は乱暴だったけど、あたしを村に帰してくれようとしてくれた。
 きっと悪い人じゃない。

「……わかった、レオン」

 そう言うと、レオンは満足そうに笑って剣を引くと、ようやく鞘に納めてくれた。
 目の前から物騒なものがなくなって、ほっと息をつく。

「では行くぞ、クローディア。俺の馬に乗れ。夜が明け次第都に向けて出発だ。ぐずぐずしていたら何をされるかわからないからね」

 レオンの白馬に誘われて、あたしは仕方なくその後を追った。
 従わなかったら、また何をし出すかわからない。
 のろのろと二、三歩進んでから、でもまだヴェイルさんが立ち上がらないのが不安になって振り返る。

「あの、ヴェイルさん。大丈夫ですか?」
「あ、ああ……、ありがとう」

 あたしが声をかけたのが意外だったのか、ヴェイルさんは少し戸惑ったようだけど、それでもあたしにお礼を言ってくれた。
 その声がした瞬間、レオンの足音が止まる。
 彼を振り返ると、なんだか複雑そうな顔をしていた。けれどまたすぐに馬の方へと歩いていく。
 それを追いかけようとすると、不意にヴェイルさんに腕を掴まれて、止められた。

「すまない。村に帰してやりたいが、無理のようだ。できれば城に着く前になんとかしたかったのだが……」
「いえ、ヴェイルさんが謝ることじゃ……」
「城についてしまったら、何かと面倒で厄介なことがあなたを待っているだろう。陛下も厄介だが、城にはもっと厄介な者達がいる。挫けそうになったり、村に帰りたくて泣きたくなったりするだろうが、どうか辛抱してくれ。私で力になることがあればいつでも頼ってくれていい。ただし、きっと力にはなれない」

 それだけ一息に言うと、ヴェイルさんはあたしの腕を離して自分の馬にまたがった。
 ……なんですか、今の。
 なんか、それ、とても聞きたくなかった。
 頼ってくれって言ってくれたのは嬉しいけれど、最後の一言のせいで全くもって頼りない。
 これほど励みにならない励まし方をされたのは初めてだ。口べたにも程がある。

「何をしている、コーデリア。早く俺の馬に乗れ」

 レオンに急かされ、絶望感に潰されそうになりながらも、あたしはふらふらと歩きだしたのだった。



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