とりあえず、あたしはレオンに一人にしてくれるよう頼み込んだ。ずっと相手をしていると本当に頭が痛くなる。
 しぶしぶながらもレオンが退室していくと、だけど一人になってもすることなんて別になくて。
 お洗濯を取り込んだり、夕飯の支度をしたりする必要もなくて。そんな風に思ったら、やっぱりなんだか寂しくなってきて。
 ぐすぐす一人で泣いていたら、あたしはまたいつの間にか眠ってしまったらしい。

 そして、次に目覚めたとき、あたしは馬の上にいた。馬車の上ではない。馬の上だ。

「――――ッ!?」

 頬をかすめていく風の勢いに悲鳴をあげようとするが、口が塞がれていて声が出ない。
 ついでに、体も動かない。ロープでぐるぐる巻きになって、馬の鞍に荷物みたいに括りつけられていた。

「気がついたか。心配するな。私は怪しいものではない」

 低い声が降ってきて、あたしは自由の利かない体で、なんとか顔を上げられるだけ上げてみた。
 肩までの黒髪が風になびいているのが辛うじて見えたがそれだけだ。あとは背中しか見えない。
 そして、そんなこと言われたって怪しい。人にこんなことしておいて怪しくないと言われても、まるで説得力がない。
 そんなあたしの心の声が聞こえたのか、黒髪の人は慌てたような声を付け足してきた。

「本当に怪しくない。その証拠に、お前を村に送ってやる」
「んん?」

 えっ。と言いたかったけれど、口を塞がれていて唸り声しか出ない。
 でも、彼の口調は優しくて、そしてあたしが望んでやまないことを言ってくれる。
 この人は一体誰なのだろう。

「私はヴェイル。エルレオン陛下の側近だ。陛下はよく気まぐれで無茶苦茶なことをする。巻きこんで本当に済まない」
「んんん!」
「陛下はあれでなかなか隙がない。機会を逃すわけにはいかなかった故、説明している暇がなかった。こんな形で済まないが、堪えてくれ。あと半刻もすれば、村に――」
「つかないね」

 風を縫って聞こえてきた声に、ヴェイルと名乗った男が驚いたように手綱を引く。急ブレーキをかけたヴェイルの前に回り込むようにして立ちはだかったのは、白い馬に乗ったレオンだった。
 ちなみに、レオンが迫ってきていたことに、あたしはこうなるちょっと前から気付いていた。
 それを伝えたかったのだけど、あたしの心を読んでいたかのように答えていたヴェイルは肝心なところで読み違えたらしい。

「エルレオン陛下……」
「俺を出しぬけるとでも思ったか、ヴェイル。さあ、キャロラインを返してくれ」
「んんーッ!」

 誰がキャロラインかっ、というあたしの突っ込みは、虚しくうめき声だけで終わる。
 というか、落ちないように縛りつけるまではまだ納得できるが、口を塞ぐ必要はあったのだろうか。そして、そうまでされなかったあたしって、一体。

「俺の楽しみを邪魔してくれて、どうなるか分かっているだろうな、ヴェイル? 貴様は俺の夢を知っているだろう。俺は俺の子でベイスボウルチイムが作りたい! そのささやかな第一歩の為に、クリスティーナにわざわざ薬まで嗅がせたんだぞ」
「んんんん!?」

 喋る度に名前が違っていて分かりにくいが、もし、もしそれがあたしのことなら……
 いや、あたしのことだろう。どう考えても、縛られて口を塞がれて馬に乗せられて目が醒めないのはおかしい。でも薬をかがされていたなら納得だ。……けれど。
 
 けれど、レオンが言ったことが全て真実なら、この王様は――、こいつは――、

 頭の配線がおかしい上に、ド変態じゃないか!

 貞操の危機だったことを知って、体中に鳥肌が立った。
 そんなあたしを無視して、二人の口論は続く。

「目をおさまし下さい陛下。この娘を城に連れ帰れば、エンネリーゼ様も黙ってはおりません! 陛下にとってもこの娘にとっても、良いことは何も……」
「黙れヴェイル! 側近の分際で、いつから俺に意見するようになった」

 レオンに一喝されて、ヴェイルが押し黙る。
 だが引きさがった訳ではなかった。シャン、と耳慣れない音がしてそちらを向くと、ヴェイルが腰の剣を引きぬいていた。

「言って聞かぬなら、力尽くでも。お手向かい致します、陛下!」
「んんーーーッ!?」

 剣を振りかざして、ヴェイルが手綱を取る。
 焦ってレオンの方を見ると、彼は涼しい顔でそれを待ち受けていた。

  「俺に勝てると思うなよ……?」

 表情と同じくらい涼しい声が、あたしの耳を撫でて行った。



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