目覚めると、そこは馬車の上ではなく、ふかふかのベッドの上だった。

「目が醒めたかい、我が姫」

 甘ったるい声が降ってきて、夢うつつだったあたしはがばりと飛び起きる。
 あたしの家の二倍はある拾い部屋の、あたしと妹二人で寝ていたベッドの三倍くらいでかいベッドの上で、つぎはぎだらけの服は着ていなくて、とても上質で滑らかな絹の肌触りが体を包んでいる。
 束ねていた髪は下ろされて、丁寧に櫛が通されていた。

「なっ、なっ、なっ…………」
「俺と結婚するより死んだ方がいいなんて。そんな女が俺の国にいるなど初めて知ったよ。我が国も、なかなか広いものだ」

 感じ入ったようにきらきらさんが頷いているが、そんなことに構っている余裕、あたしにはなかった。
 これ、どういう状況? どういうこと?
 部屋を見渡しても、いるのはきらきらさんとあたしだけ。
 この服は、一体誰が。そう考えるとまた血の気が引いたけれど、落ちつけあたし。
 王様自らが、そんなことをするわけがない。
 この広い部屋を見るに、きっとここはお城だろう。ということは、メイドさんだって何人もいるに違いない。きっとメイドさんがやってくれたんだ。そう自分に言い聞かせてなんとか取り戻した平静を、きらきらさんがまたも吹っ飛ばす。
 
「狭い部屋だけれど、王都に着くまでは辛抱してくれ。しかし急ぐ旅でもない。気分が良くなるまで休んでいいからね」

 ……こんなに広い部屋なのに、まだお城じゃないなんて。けれどそんな考えもまたすぐに吹き飛ぶ。
 きらきらさんがベッドに腰掛け、片手をあたしの頬に伸ばす。
 気を失う瞬間、抱きしめられたこととその感触を思い出して、かっとあたしの頬が燃えた。

「気分なんて……! 良くなりません!」

 けれどあたしは、その手から逃れるように顔を背け、赤くなっているだろう顔を、きらきらさんからは見えないように必死に隠す。
 助けてくれたって、あたしは信じない。
 あたしを妃にするなんて、絶対嘘だ。
 王都についたら、死ぬより辛い罰が待っているに違いないんだ。

 けれど突然後ろから抱き締められて、あたしは体が竦んでしまった。

「なっ……、はなして、くださ……」
「気分を害したならすまなかった。けれど何がいけなかったのかわからない。俺は、人のために何かできたことがない。誰かにありがとうと言われたいんだ。俺は君の家族を救ったし、君を助けた。それなのに何故俺を拒否するんだ?」

 聞こえてきた言葉に、あたしはもがくのをやめた。
 あたしを捕まえていたきらきらさんの手は、その途端にちからなく滑り落ち、すぐに自由は返ってくる。
 振り向くと、あんなに輝いていた金の瞳が、今はすっかり煌めきを失って見えた。

「きらきらさん……」

 そんな様子に、思わず怒っていたことを忘れてしまった。
 それほど、きらきらさんはとても――、とても悲しそうな顔をしていたから。
 騙されまいと意地を張っていたことも忘れそうなほど、とても。

 それで思わず呟くと、王様はきょとんとした顔をして、それから、ぷっと吹き出した。

「何だそれは? もしかしてそれは、俺のことなのか?」

 馬鹿にしたような顔で見下ろされ、今度は恥ずかしさで、あたしは体中が熱くなった。
 さっきの悲しそうな顔はなんだったんだというくらいに笑われて、ぷるぷると体が震えてくる。
 けれど、これは完全にあたしの失言だった。つい心の声をそのまま零してしまった。
 ひとしきり笑い転げた後に、王様はこほんと咳払いをして立ち上がる。

「中々に笑わせてもらった。だがそんなやすっぽい呼び名で呼ばれるのはごめんだ。我が名はエルレオン=ヴェルハイム。以後その胸に刻め」

 高らかに名乗り上げるその様は、紋章をかざされたときよりもずっと、自然に膝をついてしまうような威厳があった。
 ……この人は、本当に王様なんだ。
 ついに、あたしは認めることにした。
 そんなあたしを見下ろしたまま、王様は、「だが」とそれに逆接を繋げる。

「特別に、我が姫には『レオン』と呼ぶことを許す」

 いけたかだかに言われると、結構ですと返したくなるのだが。
 そうしなかったのは、偉そうな態度とは裏腹に、彼の瞳にさっきと同じような悲しさが宿っていたから。
 それで、はあ、としか言えなかった。
 けれど王様――レオンは満足そうに頷くと、再びベッドに腰掛けた。

「よし。俺もこれから我が姫のことはアンジェリーナと呼ぼう」

 ちょっと待てい!

「あたし、そんな名前じゃありません! あたしの名前はラナです! やっぱり人違いじゃないですか!」

 ちゃぶ台があったらひっくり返しそうな勢いで叫ぶあたしを見て、けれどレオンは首を横に振った。

「知っているよ。けれど、随分貧相な名前だから、俺に相応しいように呼ぼうと思って。気に入らないかい?」

 いつになく大真面目な顔でそんなことを言うレオンを見て、あたしはようやく理解した。

 ……この人は、頭の配線がおかしいのだということを。  



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