――と、あたし一人が疑心暗鬼になってみたところで、勢いづく家族の前では無意味だった。
 きらきらさんに引っ張られ、お母さんと兄弟みんなに背中を押されて、あたしは着の身着のままで馬車に押し込められて、御者さんがパシっと馬に手綱を打つと、あたしは荷物みたいにガラガラと運ばれていく。

 みんなみんな、裏切り者だ。
 窓に縋りつくと、生まれ育った家がどんどん遠くなって、あたしは涙で前が見えなくなった。
 ……なんで、こんなことになったんだろう。いつもなら、今頃洗濯物を干し終えて、家族のためにスープを作っている頃なのに。

「不満そうだね、我が姫? 俺が相手で、いったい君にどんなデメリットがあるんだい」
「そんなの! そんなの……、だって、こんなの……、おかしいもの。どうして王様が、あたしなんかを妃にするの。おかしいじゃない!」
「確かに、おかしいかもね。でも君に損なことはない筈なのに、何がそんなに、泣くほど嫌なのかと思ってね」

 そこできらきらさんは、はじめて「おかしい」というあたしの言葉を肯定した。
 けれどその後に続いた言葉は、どう考えても正論だった。
 高貴な場所に生まれて、この国の頂点に立って、なのに結婚相手があたしみたいな村娘じゃ、がっかりするのは王様の方だ。
 そしてあたしは、貧しい家で毎日家事に追われる生活から抜け出せる。本当なら泣いて喜ぶような事態だろう。母さんみたいに。
 だけど、あたしは母さんや兄弟達みたいに素直じゃない。お父さんの代わりに家を守る身として、どうしても疑い深くなる。

 この人がもしほんとうの王様ならなおさらに、こんな嘘みたいな話、現実にあるわけがないのだ。

 どんな理由かは知らないけれど、浮かれていたらきっと痛い目に遭う。そんな気がする。
 決して豊かな暮らしじゃなかったけど、あたしは家族が好きだし、家で過ごす日々が好きだった。洗濯してご飯作って、美味しいと兄弟が喜んでくれる顔を見るのが好きだった。
 あたしが王様と結婚して、みんなが楽に生活できるならいいけれど。痛い目を見るなら、つつましく暮らしていた方がずっといい。
 
 あたしは涙を拭うと、キッときらきらさんを睨みつけた。

「だって、こんなの有り得ないですもん。もし貴方が本当に王子様なら、あたしが納得いくよう説明して下さい。どうして忙しい王様がこんなところにいるんですか。どうしてあたしなんかを選んだんですか」

 思いきってそんな質問をぶつけてみると、きらきらさんはうーん、と綺麗な銀髪に手を差し入れた。

「別に俺、忙しくないんだ。城に来ればいずれは分かるだろうから言うけど、まつりごとはほとんど妹がやっていてね。父上が亡くなったとき後継ぎの問題でだいぶ揉めてね、妹の方が適正はあったんだけど女王というのが異例だし、あんまり幼かったし。俺は、いわゆるおかざりさん」

 そんな「お飾り」などという自虐的な言葉を、この人は酷く楽しそうに口にする。そして楽しそうな口調のまま、彼は次のあたしの質問に答を返した。

 ……この答えが、あたしの堪忍袋の緒をぶったぎることになる。

「そんなおかざりさんの俺でも、何か人の役に立ちないなあって考えていたんだ。そんなところに君の見合い写真だ。あれさ、けっこう問題になったんだよ? 身の程知らずの無礼者って、君の家にお咎めがいきかねないほどにね」

 そんなことを聞いて、全身が総毛立つ。
 ほんとうに、お母さんはなんてことをしてくれたのだろう。
 これじゃ冗談もおちおち言えやしない。けれどもうそんな機会もないんだろう。
 話を聞いてよく分かった。やはりあたしはこれから都で、お咎めを食らうんだ。

「だから俺は思ったんだよ。ここはひとつ俺が犠牲になって、この貧しい家族を守ってあげようじゃないかってね。それで君と結婚することにした。どう? これで俺に泣いて縋って礼を言う気になった?」

 ――きらきらさんが、カラカラと笑う。

 でもあたしは反対に、不信と悲しみが全部怒りの炎へと変わった。

 確かに、あたしたち家族はこの王様の気まぐれに救われたのかもしれない。
 でも、一体、なんだっていうの。馬鹿な母が分不相応な見合い写真送ったからって、なんだっていうのよ。
 それでどんな不都合が生じたっていうの。ぽいって捨てて、笑い話にでもしてくれれば済むことを。
 それでお咎め? 可哀想だから結婚してやる?
 
 王都の人ってなんて傲慢なんだろう。

 どうしようもない怒りと、悔しさと、憤りで、あたしは立ちあがると馬車の扉に手をかけた。

「……何を?」
「こんな屈辱を受けるくらいなら、あたしは死にます! それで家族は許してください!」

 涙をぼとぼと落として叫ぶあたしを見て、王様が驚いたように腰を浮かす。けどその頃にはあたしは、走る馬車の扉を開け放っていた。
 凄い速さで走っていく馬車は、大きな川に差しかかっていた。
 ちょうどいい。
 扉を開けたあたしに気付いて、御者さんが慌てて手綱を引く。でももうおそい。
 川めがけてダイブしようとしたあたしは、だけど足を踏み出すことはできなかった。
 ぐい、と強く手を引かれて、バランスを崩したあたしは、温かくて固いものに背中を打ちつける。

「あ……」

 それは王様の胸だった。
 ぎゅっと抱きしめられ、だけど混乱しきったあたしの頭は、それに抵抗する余裕もなく暗闇に落ちていった。



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