あたしが住むこのバーバーの村は、ヴェルハイム王国の端っこのド田舎にある。
 王都にはそれは立派なお城があって、銀の髪に金の瞳の、それはそれは綺麗な王様がこの国を治めているんだって死んだお父さんが言っていた。

「ぇえええ!? 嘘でしょおぉ!?」

 ついついそんな叫び声を上げてしまって、隣で母さんがひぃ、と蒼白になってうめき声を漏らした。
 でも、だって、お城で国を治めている筈の王様が、こんなド田舎にいる筈がない。王様は国民の声を聞くのにとっても忙しいんだって、お父さんだって言っていたもの。
 でもそんなあたしを嘲笑うかのように、きらきらさんの後ろから入ってきた御者が、えらく立派な剣をもったいぶってこちらに翳した。

「ええい、この紋章が目に入らぬか! こちらにおわすお方は現ヴェルハイム国王、エルレオン=ヴェルハイム様にあらせられるぞ!」

 掲げられた剣の柄には、あたしたち田舎の民ですら幼少期から頭に叩き込まれる、ヴェルハイムの紋章があった。金ぴかで、細工や装飾も凝っていて、素人目にも高価なものだとわかるそれに、ははーっと声を上げながら母さんが頭を下げる。
 それを真似して、兄弟達もみんな、へへー、と言いながら膝をついて頭を下げた。

「何をしているの、ラナ! 無礼でしょう!」
「いいんですよ、義母上。お嬢様はこれから俺の伴侶になるのです。王族といえども、夫婦の間に尊卑があってはいけません」

 何を……言っているのだろう、この人は。
 感極まったようにきらきらさん――あたしはまだ王様とは認めていない――を拝み倒すお母さんを唖然と見ていると、きらきらさんはこちらを向いた。

「さあ行こう、我が姫」
「ちょ、ちょっと待って下さい。人違いではありませんか?」
「何を言うのだ、我が姫よ。この俺が、妻となる女性の顔を見間違える筈がない」
 
 自信たっぷりにそう謳いあげて、きらきらさんがぱちりと右手の指を弾く。すると剣を掲げていた御者はそれを仕舞い、今度は本のような、四角いものを取りだした。……結構大きいんだけど、一体どこに持っていたのだろうか。
 けどあたしがそれを突っ込む前に、御者さんが本? のようなものを開いてたかだかと読み上げる。

「ラナ・ベイリー、十七歳。バーバーの村に生まれ、育つ。趣味、洗濯。好きなもの、晴れた日、パンケーキ。スリーサイズ上から……」
「待って待って待って、何よそれ!?」

 あっけにとられてそれを聞いていたあたしだが、聞き捨てならない項目が出てきたので慌てて御者さんの声を遮った。

「何って、お見合い写真だよ。俺宛てに送られてきた……ね」

 御者さんが持っていたものをくるりと裏返して掲げると、たしかにそこにはあたしの写真があった。でも、今よりも随分幼い。そりゃそうだ、写真を撮った記憶など一度しかなくて、昔王都で写真屋をやっているという人が村に来て、その人がサービスで撮ってくれたものだ。でもそれは父さんが生きてた頃で、五年は前の話になる。
 あたしはまだ子どもで、家族写真を撮った後に、お見合い写真を撮りたい! なんて馬鹿な我儘言って、写真屋のおじさんがその我儘を聞いて撮ってくれた一枚だ。
 でも、なんでそれを王様が。そして、その子どもの写真を見て、王妃にしようと思う王様なんているんだろうか。ううん、だからこの人は、王様なんかじゃないんだって。

「これはどう見ても子どもの写真だったけど、田舎じゃそうそう写真も撮れないだろうからね。この少女が十七歳になったならば、さぞかし美しくなっているだろうと思ったのだよ。そして、やはり、俺の予想に間違いはなかった」
「お母さん、どうしてあたしの写真をこの人が持っているの!?」

 がしっと両手を掴まれて、振りほどこうとしてもびくともしない。
 あたしは半泣きになりながら、さっきからの疑問をお母さんに投げた。この人が誰にしても、あたしの写真を持っているのは変だ。その答を知っているのはお母さんしかない筈で。

「だって、あたなこないだ言ったじゃない。早く嫁に行けって言ったら、相手が王様だったら行ってあげるわ、って」
「……まさか、それで王様にお見合い写真を送ったなんて……言わないわよね……?」

 さーっと、血の気が引いて行く。
 ええ、言いました。確かに言いましたとも。
 歳が十六を数えた頃から、お母さんは嫁に行け、嫁に行けと口やかましい。けれどあたしは、とてもじゃないけど七人の弟や妹と、もういい歳になるお母さんを残して嫁になんかいけやしない。
 ひとつ下の弟でさえ、まだ十二歳。一番下の妹はやっと六歳。あたしがいなきゃ、兄弟の面倒は誰が見るの。
 そう思ったあたしは、相手が王様ならねってはぐらかしてきた。だからって、本当に王様に見合い写真を送るひとがいますか!?
 そして、そんな他愛ない親子の口論の果てに送られてきた田舎娘を、王妃に選ぶ王様がいますか!?

「事情は飲み込めたかい? じゃあ家族にお別れを言いなさい。大丈夫、お義母さんや君の兄弟たちの生活は俺が責任を持つよ。そうだ、なんなら王都に住んでもいい。それなら君も寂しくないだろう」

 きらきらさんが言い出したそんな言葉に、お母さんの目の色が変わった。
 兄弟達の表情が変わった。
 まずい。これは、非常にまずい。

「ほ、本当ですか、国王様!」
「ほんと!? 王都にすめるの!? ほんと!?」
「すごーい! 王都いきたーい!」
「わーい、お姉ちゃん王妃さまになるの!? すごーい!」
「じゃあ、あたしはおひめさまになれる?」
「ねえ、おうさまってなあに?」
「おうとってどこー?」
「おうさま、おうさまー!」

 家族はあたしを一人残して、大騒ぎである。
 それが本当なら、とてもありがたいことだけど。でも、でも、そんな上手い話があるわけない! あたしは騙されないんだから!  



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